農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
【ウクライナ危機!食料安全保障とこの国のかたち】世界の農業の混乱は長引く 農業ジャーナリスト 山田優2022年3月8日
ロシアのウクライナへの侵攻で、多数の犠牲者が出る深刻な事態が続き、穀物市場では小麦などの価格が急上昇している。世界の農業生産への影響や、日本は食料安全保障などの課題にどう向き合うべきか。農業ジャーナリストの山田優氏に寄稿してもらった。
農業ジャーナリストの山田優氏
ロシアによるウクライナ武力侵攻は、世界の食料安全保障を大きく揺さぶりそうだ。多くのメディアはシカゴの小麦先物相場が14年ぶりの高値を更新したことを報じ、国内の小麦粉製品が値上がりすると警鐘を鳴らす。だが、戦争による実際の打撃は、小麦にとどまらない。世界最大の肥料輸出国の乱心は、世界の農業生産を痛めつけ、混乱は大きく長引く可能性がある。
ロシア政府は2021年11月ごろから、硝酸アンモニウムなど窒素肥料の輸出にブレーキをかけ始めた。22年2月になると輸出禁止に規制を強めた。日本貿易振興機構(JETRO)によると、当初は「国内の農家に十分な肥料を供給するため」(ドミトリー・パトルシェフ農相)と説明し、肥料需要が山を越える「22年4月には禁輸措置が解除される」と強調していた。
しかし、武力侵攻が本格化した3月上旬、ロシア政府は「肥料輸出の一時的な停止」を国内業界に求めた。船舶輸送の混乱などが理由だが、西側からのさまざまな経済制裁に対抗し、ロシアが抜いた伝家の宝刀のように見える。
武力侵攻を早い段階から準備していたロシアは、肥料輸出を禁止することの効果を、事前に十分に意識していただろう。ロシアは世界最大の小麦輸出国だが、化学肥料の分野ではさらに存在感が大きい。欧米からの制裁を踏みとどまらせる効果を期待していたはずだ。
ロシアは広大な国土を抱えて塩化カリやリン鉱石の鉱山を持つ資源国。豊富な天然ガスや石油による低コストのエネルギーを使って窒素肥料原料も合成する。高い国際競争力を武器にしてシェアを拡大してきた。
具体的な数字で確認してみよう。
肥料の情報サイトによると、2021年の輸出量は、硝酸アンモニウム(430万トン、世界貿易量に占める割合=以下同じ=が49%)、尿素(700万トン、18%)、アンモニア(440万トン、30%)でいずれも世界1位だ。塩化カリ(1200万トン、27%)は世界3位で、リン安(400万トン、14%)は世界4位。間違いなく肥料の世界ではジャイアントだ。
「肥料原料の輸出が減るのはロシア政府の意図的な禁輸だけではなく、二つの要因も大きい」と解説するのは商社の肥料関係者だ。一つは物流の混乱。黒海の肥料積み出し港の多くは、近くで戦闘行為が続き、貨物船が近づけない。実際にミサイル攻撃などの被害も報告されている。船舶が加入する保険の多くは「戦争」が原因の場合、保険金が支払われず、海運会社は海域への運行を止める。
もう一つは西側の強力な経済制裁がある。SWIFTと呼ばれる国際決裁システムからロシアの一部銀行が除外され、お金のやりとりができなくなった。仮に肥料を海外の買い手に届ける手段があったとしても、決裁できなければ代金回収ができないリスクが生じる。輸出するロシア側が出荷に二の足を踏むことになる。
物流と商流の両面で強力な逆風が吹いている以上、ロシアの肥料輸出が難しくなることは確実だ。
肥料の場合、貿易の混乱によって穀物はもちろん、野菜や果実、牧草に至るまで幅広い品目で影響を受ける。高度にシステム化された大規模な近代農業では、化学肥料の手当てができなければ、減収は避けられない。ウクライナの戦争が長引けば、世界最大の肥料輸出国を失うことになる。
民間の格付け会社のフィッチは3月4日、今回の侵攻に伴うロシア産肥料の輸出ストップで地球の裏側のブラジル農業に打撃となるとの報告書を発表した。同国の肥料原料の83%が輸入に依存し、輸入の中でロシア由来が2割以上に及ぶという。「今年10月に作付けが始まる夏作物は生産性が大きく落ちる可能性がある」と警告した。
ブラジルは1億トン近い大豆を輸出する世界有数の農業大国。草資源や穀類を原料にした飼料で肉牛やブロイラーの生産基地でもある。肥料不足になれば、世界の大豆や食肉のひっ迫が現実のものになりかねない。
地理的に近い欧州もロシア産肥料への依存が顕著。天然ガスや石油をロシア産に頼っているのと同じ構図だ。今後、急いで代替の肥料入手先を探すことになる。
また、ロシアからの肥料にどっぷりと依存している地域がある。アフリカだ。世界銀行傘下の国際食料政策研究所の研究者が最近明らかにした報告書で、ロシア、ロシア同様に西側の制裁を受けたベラルーシ両国の肥料に依存する割合が、アフリカで異常に高いことが分かった。国によっては輸入される肥料の大半が両国由来のものになっていることが、地図上で確認できるだろう。


急激に姿を消すロシア産肥料の穴埋め先が見つからなければ、地域の飢餓拡大に直結する。アフリカの食料不足は民衆の不満を高め、社会や政治の不安定をもたらす恐れがある。
一方の日本。ロシアやウクライナからの小麦輸入はほとんどない。伝統的に日本の小麦輸入の大半が米国、カナダ、オーストラリアで占められている。肥料についても欧州やアフリカほど、ロシア依存率は高くない。財務省の貿易統計で2019肥料年度(19年7月~20年6月)までの肥料原料の輸入相手国をみると、塩化カリウムでロシア・ベラルーシ産が23%を占めるものの、尿素、リン酸アンモニウムではロシア産の姿は見えない。
食料と肥料部門などで日本のロシア依存が大きくないため、政府は今回のロシアの武力侵攻による影響を小さいと判断しているようだ。2月下旬の記者会見で金子原二郎農相は「現時点では、我が国への食料供給への直接的な影響は確認されていない。間接的にわが国の農林水産業が影響を受ける可能性がある」と述べるにとどまり、危機感は薄い。
しかし、世界市場に出回るロシア産の食料や肥料がすっぽりと穴を開ければ、その埋め合わせに走る国が出てくるのは確実。国際相場の高騰を通じ、日本の消費者や農家に打撃となる。
短期的には省エネや肥料削減の工夫などで混乱をしのぐ必要がある。肥料という生産資材不足など新たな危機を踏まえた食料安全保障を考えていくことも求められる。エネルギーや資源の大半を輸入に頼る国でありながら、事前の備えが十分とは言えない。
長い目で見れば、海外から大量の肥料原料や石油を輸入することで成り立つ日本農業を大きく変えることが求められる。地域の資源循環をうまく活用し、外部の資源やエネルギーに依存しないで持続できる農業を目指すべきだろう。
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