農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
【福田康夫元首相に聞く】東京一極集中は農業の敵 見直そう国の姿 根本から2018年7月30日
福田康夫・元内閣総理大臣
天笠淳家・JA太田市副組合長
10年前の2008年7月に開かれた北海道洞爺湖での先進国首脳会合(G8サミット)では高騰する食料やエネルギーが世界中で問題となり首脳たちは世界の食料安全保障についての声明も発表した。そのG8サミットで議長を務めたのが当時の福田康夫首相だ。JAcomでは当時を振り返ってもらいながらこの国のあり方について語ってもらった。聞き手はJA全青協元会長でJA太田市(群馬県)の天笠淳家副組合長。
―2008年7月の洞爺湖サミットでは世界的な食料価格の高騰が問題となりました。当時の状況を改めてお聞かせいただけますか。
福田 アメリカの石油業者がシェールガスの開発に急速に向かい、そのために農地がどんどん転用されてトウモロコシなどの穀物の生産が極端に減り、穀物不足になったのです。その傾向が世界中に波及して、たとえばインドやバングラデシュなどでは日々の食べるものもない、というぐらいの逼迫した状況になりました。
他方、アメリカで起こった金融バブルがリーマン社の行き詰まりでパンクし、その年の9月に、いわゆるリーマンショックとなって世界経済はパニック的な状況を呈しました。原油価格は、今は60ドル程度ですが、あのころは180ドルという異常な水準でした。挙句はアメリカの金融会社の破綻に至るわけですから、本当にアメリカに振り回されたという感じでした。しかし、そういうことは今後も起こるのが現実です。そのことを頭に置いて、日々必要とするエネルギー源、栄養源をきちんと確保しておくことが日本としては必要です。食料自給率の間題はかつては危機的な状況だと言っていましたが、どういうわけか最近は言わなくなりましたけどね。
(写真)福田康夫・元内閣総理大臣(左)と天笠淳家・JA太田市副組合長
―国民にとっていちばん大事なことでしっかり議論すべきだと思います。
福田 世界の人口は増えており、とくに貧しいアフリカの増加率は顕著です。今後、先進国で人口が増えるのはアメリカだけで、それ以外の増加は途上国によるものです。世界の人口は現在75億人ですが50年後には110億人と言われ、今よりも35億人増えるわけですが、増加の大部分がアフリカです。
今後の食糧需給を考えるとき、気候変動による減産も有り得るし、アフリカの人口の急速な拡大を考えれば、食料需給は危機的とまでは言わなくても、きわどいところに行く。そして、何か経済パニックが起きたときには、危機的な状況になる可能性もあることを考えなければならない。
―昭和53年の食料自給率は53%程度でしたが、現状は38%です。われわれ農家は作ることに意欲を持っていますし、世論調査では国民も8割以上が自給率を高めるべきだと考えています。農業者は減っていますが、規模拡大や法人化でがんばっています。ただ、これから先、自由化が進んでいくなか日本で農業をどこまで続けていけるのか、ビジョンが描けるのか不安もあります。
福田 日本は人口が減っていきますから需要は減ります。そのなかで農業が産業として生きていくためには経営が大事、つまり、儲からなくてはいけないということになる。今はそのような儲かる農業をめざしている部分がかなり出てきていますね。輸出をしようとか、高級食材を作ろうとか。それはそれで産業として生きていくために必要なことです。しかしそれだけでは、「いざという時にどうなるか」についての見通しを持たない産業になってしまいます。
たとえば、鉄鋼にも高級製品から一般的な鋼材までいろいろあります。高級品は付加価値が高いですが、一般的な鋼材がなければ多くの産業が生きていけない、ということもある。そこはバランスを取らねばなりません。同じように、農業も、儲ける部分と基礎的な部分とで考え方を分けた上で、それらを全体的に把握する。そういう考えが農業政策として必要ではないかと思いますし、農協としてもそういうことを考えなければいけないのではないでしょうか。
利益を上げることは必要ですが、いざというときにどうしても必要な食料は農業政策の中に位置づけておかなければならない。自給率の中身についても、もう少し項目を細かく分けて、本当に必要な部分と、利益を保つための生産を分けて考えてみる必要もあるのではないでしょうか。自給は国家の自衛のための政策です。
日本は農業政策のなかで農家対策にもかなり配慮してきたと思います。その点ですでに他の産業とは違うわけですから、本当に国のために必要な食料生産については、引き続き、農家のみなさんに協力してもらう部分もあります。そこは農業者と政府がよく話し合う必要がありますね。そして国民に説明できるようにしておかなければなりません。
◆JAは大局観持って
福田 もうひとつ日本で大事なことは、人口が減ることと同時に、人口が都会に集中してしまうという問題です。これは根本的な間題として、政府が取り組まなければなりません。各地で人口は自然減だといわれていますが、東京は増えているのは、東京が人口を地方から吸収しているようなものです。それは、潜在的な農業生産能力がなくなっていくということでもあります。
そう考えると、東京の人口をこれ以上増やさないという政策が必要だと思いますね。何でも東京へ、ではなくて、逆に地方に分散していくという政策を考える時期だと思います。
私も子供の頃は群馬に住んでいましたが、楽しい思い出がたくさんあります。何がいちばん楽しかったかといえば、家を出てそこいらじゅうを自由に走り廻れることでした。戦争中でしたが楽しい思い出です。今の都会の子供たちを見ていると家と学校と塾、この三角形を行き来するだけで、かわいそうだと思います。
ですが、最近では実際に子供人口を増やしている町村の実例もありますね。その中から農業をやっていこうと考える人も出てくるでしょう。人口が地方に分散すれば需要は地方でもある、ということになりますから、生産者にとっても作りがいがあるということになるのではないでしょうか。
―農協で取り組んでいる食農教育の場で、「今回の豪雨被害で大好きなミカンやモモはどうなってしまうの、食べられるの」と、ある子供から聞かれました。そこで私は農家は必ず国産のものを届けようと技術を磨いてきているし、こんなことではへこたれないようがんばっていると話しました。聞けば、農家の子供が、家族との会話の中で農家のつらさなどを話し合っているということでした。
福田 なるほど。教育の場としても農業はいいですね。忍耐強くコツコツやるのが農業です。毎日、注意深く観察しながら手を加えていく。その気持ちは現場を経験しないと育たないと思います。
―われわれも子供たちに、見る、匂いをかぐ、土に触る、そして味わってもらうといった体験してもらい農業の重要性を理解してもらいたいと思っています。
福田 地方の良さを見直す必要があります。国内の一極集中を分散するのは国内だけでできることですから、政治が考えれば良いのです。今の一極集中をこれからも続ければ、子供は減る一方です。人が戻れば村落は継続できるし、今もこれからもより広い土地を使った農業ができる。日本にとってのチャンスだと思います。
もし利根川や江戸川が氾濫すると、東京は相当な水害を受けます。地下鉄は水浸し、高層ビルも下のほうは水没してしまう。ですから治水は相変わらず重要です。そのためには地方に人がいなければ森林管理もできません。
東京を直下型地震が襲うことは専門家の指摘していることですが、そのとき今のままでは東京は壊滅してしまう。東京圏3000万人が食うや食わずになってしまう可能性がある。そのことを考えたら、国の根本をここで見直さなければなりません。東京の人口を分散し、地方が人を引き受けるということは農協としても言ってほしいと思います。これは近々、必ず中央政府の政策テーマになるでしょう。だから、みなさんの方からも声を挙げてほしい。東京一極集中は農業の敵である、と。
―農業者や農協組織にはどのような取り組みが必要だと思いますか。
福田 短期的な部分と、長期的な部分があると思います。短期的には農産物の輸出への取り組みといったことですが、長期的には政策的な部分と結びつくわけで、それについて農協として考えておく必要があると思います。
自給率をどうするか、そのPRをどうするか、それをどのように政策に反映させるか、といったこと、それから国民に向けて、たとえば「農業の担い手が減っていくことを傍観していていいのか」と問う必要もあるでしょう。今日お話した地方分散にしても全国的な取り組みとして農協全体で考える価値があると思います。
それから、日本の大事な米については、健康面や栄養的な価値についてもっと宣伝したほうがいい。理詰めで伝えていく必要があるのではないでしょうか。
―JAグループは自己改革に取り組んでいますが期待を聞かせていただけますか。
福田 これまでのみなさんの蓄積した知識や経験は貴重なものです。その上で、日々の仕事をするときに大局を見ることが大事ではないでしょうか。こういう変動の激しいとき、変化が起こりそうだという予感がするときは、大局を見失ってはいけない。世界の情勢も含めて、それこそトランプ大統領が言っていることが何を意味するかなどに関心を持つこと、この精神をみなさん一人ひとりが持つところから新しい発想は出てくるのではないかと思います。ぜひお願いしたいと思っています。
この記事のほか、日本の自給率問題に対しての提言や寄稿などをまとめました。
・自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
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