農政:緊急特集・衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち
【衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち】田代洋一 横浜国大・大妻女子大名誉教授:日本の「歪み」映し出すコロナは「鏡」2020年4月15日
横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授田代洋一
内需の深堀でショックに耐えられる政策再編を
新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、すでに多くの犠牲者・感染者が報告されている。日本でも安倍内閣が「緊急事態宣言」を発出し、国民の外出自粛などを要請。それによって農業を含むあらゆる産業・経済活動、社会・政治活動が停滞し始めている。今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、これまでの日本を含む世界のあり方が改めて問われているといえる。JAcom農業協同組合新聞では「衝撃 コロナショック! どうするのか この国のかたち」をテーマに、各界の識者から提言・意見を緊急特集として連載していくことにした。
第1回目は、田代洋一横浜国大名誉教授にお願いした。
◆スキと格差に侵入するコロナウイルス
コロナショックはあらゆる地域・国・人を巻き込み、社会の歪みをあぶりだし、「この国のかたち」の見直しを迫る。
姿なきウイルスは社会のスキや弱みにつけ込み、宿主化していく。ニューヨークでは、10万人当たり死者数で、黒人・ヒスパニックが白人・アジア系の2倍、貧困層が多い地域が富裕地域の2倍という「感染格差」だ(朝日新聞、4月10日、12日)。
死者最多のイタリアは、新自由主義的「改革」で医療制度が弱体化したうえに、医師の欠勤率が高く、病院でのクラスター発生と医療スタッフの感染が多く、また中国とのつながりが強いとされる(『選択』4月号)。これまでは北半球が多かったが、これから寒くなる、貧しい南半球・アフリカ大陸が懸念される。
日本は今のところ感染者の増大カーブが緩いが、それは検査が保健所によるPCR検査に限定されているためで、実数が分からない。今後は医療体制が脆弱な地方への拡散が懸念される。その点で、厚生連病院を含む440の公立・公的病院の再編統合を図る「地域医療構想」は、地方の医療体制をさらに弱体化させるだろう。
◆グローバル化とウイルス
ウイルスショックを、異星人の地球侵略、「ウイルスvs人類」の戦争と捉えるのは短絡的ではないか。ウイルスは遺伝子を自己複製できず、子孫を残すには生命体の細胞に寄生(感染)するしかない。つまりウイルスは誕生した時から生命体(宿主)と共生し、自ら進化をとげつつ、ヒトを含む生命体の進化を促進してきた。その1%ぐらいはヒトに病気をもたらすとされるが、それが蔓延するのは、あくまで<ウイルス→野生動物(宿主)→ヒト→ヒト>の関係を通じてである。
世界的な感染症の流行として、14世紀の黒死病(ペスト)、16世紀大航海期の麻疹・天然痘・結核、1918年のスペイン風邪、1976年からのエボラ出血熱があげられる。表1に21世紀のそれを引用した。新型コロナウイルスは、発生の間隔が狭まっている。SARSやMERSでは日本の患者発生はなかったが、今回は早期に発症した。患者数、死者数、致死率も残念ながらこれから急上昇するだろう。その背景はいうまでもなく<ヒト→グローバリゼーション→ヒト>の隔絶的な強まりである。
各国は鎖国したが、その時既にウイルスは世界に蔓延していた。経済のグローバル化(ヒト・モノの動き)にのったウイルスのグローバル化は、鎖国しても止まらない。だから課題は、グローバル化の負の部分をクローバルな統治・連帯によっていかに制御するかだ。
◆一国中心主義とSDGs
新自由主義的なグローバル化は社会に格差と亀裂をもたらした。それにいらだち、強いリーダーや国家権力が期待され、それに応じてナショナリズムを煽る一国中心主義・反グローバリズムの動きが強まった。トランプ大統領は「中国ウイルス」を強調し、中国の報道官は米軍がウイルスを武漢に持ち込んだと反発する。トランプのアメリカにはウイルスでの国際協調の姿勢が全く見えず、中国はこの機に乗じてアメリカに成り代わって覇権国家になろうとしている。
このような一国エゴイズムが、グローバル化時代の世界の共通目標を失わせた。その時に提起されたのがSDGs(持続可能な開発のための2030アジェンダ)である。筆者は経団連や日本政府も賛同することにうさん臭さを感じてきたが、コロナショックのもとで、SDGsは世界の共通目標、グローバル連帯の旗印を掲げるものになった(藤原帰一『不安定化する世界』朝日新書)。その第2目標には、食料安全保障と栄養改善、持続可能な農業、小規模食料生産者の農業生産性と所得倍増が掲げられている。課題は、共通性を求めるあまり「何でもあり」になってしまうのではなく、各国・地域の実情を踏まえて具体化することだ。
◆国家の責任と補償
日本政府は、オリンピック開催、習近平の国賓来日、そして経済界への影響を優先して、はじめから対策に及び腰で、本来は自主的なはずの「自粛」を法律で要請する形をとった。それは、遵法精神が旺盛な日本人の性格を利用した姑息なやり方であり、自粛だから補償は要らないという屁理屈である。しぶしぶ補償をするにしても、「不公平にならない」ことばかり気にしている。厳しい法的規制と補償をセットにした各国とは大違いだが、不公平、依怙贔屓をやりまくってきた官邸にふさわしい。
国家責任を明確にして、国はやるべきことをやる。その場合に経済優先ではなく、国民の安全を第一義にする。規制の損害をきちんと補償する。それが首相お好みの「責任をとる」ということだ。
◆食と農を大切にする産業構造へ
日本は高度成長を通じて輸出向けのモノづくり工業を発展させ、一時はアメリカに迫ったが、自由貿易の比較優位の鉄則下で、工業製品を集中豪雨的に輸出する代わりに農産物輸入を迫られ、食料自給率を37%まで落としてしまった。
ならばモノづくり資本主義を貫くのかと思ったら、高度成長とバブルがはじけた途端に自信喪失し、アメリカ流の新自由主義・金融資本主義の後追いをはじめ、異次元の量的規制緩和、モノづくりからカネ転がしへ、内需の深堀りから輸出振興に転換してしまった。
そして稼いだカネは内部留保、海外投資し、とくに新技術開発投資を怠ってIT革命にのれず、またたくまに国際競争力を失い、低成長に沈み、歪んだ産業構造のままGDPの世界シェアを落としていった。
新型コロナウイルスで、WTO(世界貿易機関)は世界貿易が32%減り、とくに北米とアジア、電機と自動車の痛手が大きいとしている。1929年恐慌以来とされるコロナ恐慌のなかで、特に日本はインバウンド消費、輸出の減退が大きい。恐慌による株価暴落は、リーマンショック時のCDO(債務担保証券)のように、CLO(格付けが低い企業への融資のみをまとめて証券化したローン担保証券)の暴落を招きかねず(金子勝、『世界』5月号)、日本では農林中金がCLO所有のトップに立っており、農林金融への影響が懸念される。
コロナショックで、ロシアなど旧東側諸国等は穀物の輸出制限を始めた(日本農業新聞、4月3日)。今のところ日本への影響は限定的とされるが、食料安全保障上ゆるがせにできない問題の発生である。
国内生産は、輸出の途絶、国内消費の減退(学校給食・外食産業など)、価格下落(和牛肉など)、労働力(特に外国人労働力)不足等の直撃を受けている。欧米のような直接所得支払い政策への転換が遅れ、収入保険もごく一部にとどまるなかで、日本農業には張り巡らされたセーフティネットがない。
コロナ恐慌からの脱出過程で、日本はこれまでの「工業生産力モデルを再考し、賢く『食と農』の再建を図らねばならない」(寺島実郎『日本再生の基軸』岩波書店)。そのためにはメガFTAへの過度の傾斜や農業の輸出産業化一本やりでなく、内需の深堀りを重視し、ショックに耐えられる所得政策への転換が求められる。
◆国土利用構造の転換
コロナ対策は、密集・密接・密閉の三密回避とされている。三密とはまさに過密都市の特徴そのものだ(朝日新聞4月2日)。日本の患者数は、特措法対象の7都府県に京都を加えた地域が68%を占める(4月11日現在)。そもそもの人口比51%よりかなり高く、しかも大都市のウエイトは日々高まっている。日本は工業生産力モデルを追求する過程で太平洋ベルト地帯を形成し、工業と人口を過度に集中してきた。そこにコロナウイルスも集中する。
一極構造は、中山間地域の過疎化を極端に押し進め、農山村におけるヒトの活動領域の後退と、ウイルスの宿主である野生動物のテリトリー拡大を引き起こし、地域の生態系を崩している。
それに対して、ヒトと、病原菌の本来の住処である「自然界や野生生物の間の適度な距離を保つことが、双方の安全・安心を持続させる」道である(五箇公一・『中央公論』5月号)。アベノミクスの地方創生による東京一極集中の是正はいつの間にか立ち消えてしまったが、過密都市偏重の国土利用構造からの転換は、都市と農山村の双方の強靭化につながる。
コロナウイルスショックは、日本の産業・国土利用構造の「歪み」をはしなくも写し出す鏡になった。今後とも波状的に発生する可能性をもつパンデミックに耐性をもった持続可能な「この国のかたち」を創るには、ショックがあぶりだした「歪み」の是正しかない。
【緊急特集・衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたちの記事一覧】
・田代洋一 横浜国大・大妻女子大名誉教授:日本の「歪み」映し出すコロナは「鏡」
・鈴木宣宏 東京大学教授:一部の利益でなく国民の命が守られる社会に
・山下惣一(農民作家):多極分散国づくりめざせ
・金子勝 立教大学特任教授:東アジア型に新型コロナ対策を転換せよ
・普天間朝重 JAおきなわ理事長:「さあ、始まりだ」。協同組合が終息後の社会の中心軸に
・姉歯暁 駒澤大学教授:コロナ禍の真の災禍とは何かを考える
・森田実 政治評論家:コロナショックによる世界の大変動と日本の選択
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