栽培技術:時の人話題の組織
【時の人 話題の組織】 井邊 時雄(いんべときお) 農研機構理事長 生産現場に応える技術を開発2016年4月12日
一体的研究で相乗効果発揮
(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)
国立研究開発法人である農研機構と農業生物資源研究所(生物研)、農業環境技術研究所(農環研)そして独立行政法人の種苗管理センター(種苗センター)が4月1日に統合して、一つの国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)となり、5年間の「中期計画」に基づく研究開発に着手した。そこで、井邊時雄理事長に、統合の意義とこれからの農研機構のあり方などについて聞いた。
「基礎研究から応用・開発・実用化まで一体的に推進できる組織をつくる」。これが統合の目的だと井邊時雄理事長。
ゲノム研究や基本的な農業生物の機能など、農業や農学の基盤になる研究をしてきた生物研。地球温暖化などによる農業や農村への影響など、環境についての基本的な研究を進めてきた農環研。そうした研究成果の上に農業の技術的な開発を進めてきている農研機構。品種の増殖や配布、品種登録のための調査や品種の保護技術など種苗研究を担ってきている種苗センター。
「これまでも組織として別々に仕事をするとともに、連携をしてきましたが、それはある種の『連邦制』的なところがありました」。それが統合することで「一つの組織として一体的に研究をすすめていき、シナジー(相乗)効果を高めていく」ことで、新たな農研機構は、「いくつかの研究所の集まりではなく『一つの研究機関』であるという社会的な認知度を高めていきたい」と考えている。そのために、従来の「研究所」という名称を「研究部門」に変えた。
統合した農研機構は、契約職員をいれると約6000人(正職員約3000人)という組織になるが、全体の組織機構も図のように整備された。
◆ICTなどで農業のスマート化を
なかでも井邊理事長が統合によるシナジー効果とともに、中核的な機能を発揮する部門として期待しているのが「重点化研究センター」だ。
その一つ「次世代作物開発研究センター」は、作物ゲノム研究に関わる組織を新たな基盤研究領域と位置づけて、品種育成との密接な連携による研究の推進を図っていくことにしている。また、農研機構だけではなく、県や民間の育種をサポートする機能やそれら機関と共同で育成する機能を担っていくセンターでもある。
ゲノム育種とは、ゲノム解読やDNAマーカーなどゲノム研究を活かした育種のことで、「この手法を用いるといろいろな品種の育成や、さまざまなニーズに対応した育種開発を加速化できる。その核となる」のがこのセンターだと井邊理事長は強調した。
「農業環境変動研究センター」は農業に関わる環境や農村環境の基本的な研究、つまり影響評価と予測技術、そして実際の対応技術を研究するセンターだ。ここでは、地球温暖化の将来予測や、温暖化で農業がどういう影響を受けるのかを研究。それをベースに、例えば温暖化に強い品種とか、影響の少ない品種の開発も大きなテーマになる。
「農業技術革新工学研究センター」では、ICT(情報通信技術)、ロボット技術などわが国の得意分野の技術を活用するなど、異分野とも連携し「農業のスマート化」によって高齢化による労働力・後継者不足、経営規模の拡大など、今日的な農業の課題解決を図っていくための中核的な役割を果たしていくことが期待されているセンターだ。
井邊理事長は農業関連だけではなく「ICTに関わる民間企業が参加することで、『スマート農業』が初めて進むので、民間を含めた中核的センターとして育てていきたい」と語った。
重点化研究センターとともに、今回の目玉として強化していきたいと考えているのが「地域農業センター」だ。北海道・東北・中央・西日本・九州沖縄と5地域に「農業研究センター」があるが、ここは「農研機構の研究成果などを各地域に伝えていくための"フロントライン"」だと井邊理事長は位置づける。
◆フロントラインは「地域農業センター」
そのために地域における産学官連携を強化する仕組みを考える「産学官連携コーディネーター」とか、農業技術を伝えたり、技術的なニーズを把握するための「農業技術のコミュニケーター」、さらには消費者や実需者の要望などを把握するためのアドバイザーなどもつくりたいと井邊理事長は考えている。
そしてそのときに大事なことは「生産現場で必要とされる技術は何なのかを、しっかりと把握することです。そういう意味で、JAを含めて、いろいろな要望をぜひ聞かせていただきたい」とも。
◆日本のリーダー的存在「研究部門」
さらに、果樹茶業・野菜花き・畜産・動物衛生・農村工学・食品・生物機能利用の7つの「研究部門」がある。これらの研究部門は「各分野で日本のリーダ的存在になっているので、これからもそういう機能をしっかり発揮していきたい」。さらに各研究部門の長は、その部門の長であると同時に、例えば食品研究部門長は部門内だけではなく、農研機構内の他部門の食品に関わる人たちのリーダー的存在であるとともに、横断的に食品に関わる人材養成の核になることが求められるのだという。
また、「種苗管理センター」では、品種の増殖とか配布、品種登録のための調査、品種保護のための技術や病害を防除する技術など、種苗に関する技術について、他の研究部門と一体となって進めていく。さらにすでに農研機構が開発した馬鈴薯やサトウキビの品種の増殖と普及も大きな仕事だといえる。
また「生物系特定産業技術研究支援センター」は、資金提供を通じて外部の研究を支援する組織に特化する。
それでは、これから農研機構は何を柱に研究していくのだろうか。井邊理事長は次の4つのセグメント(柱)を中心に進めていくという。
◆これからの農業支える4つの研究の柱
研究の柱の1つ目は、「生産現場の強化・経営力の強化」だ。これは、これからの農業の生産現場を支えるために、営農現場が抱えるさまざまな課題を解決し、地域の条件を活かした活力ある水田作・畑作営農と畜産業を創りだしていくための、革新的な技術開発を担っていくことだ。
ここで中心となるのは「現場に密着している5つの地域農研センター」だと井邊理事長は考えている。
研究の柱の2つ目は、「強い農業の実現と新産業の創出」だ。これは、生産者にも実需者や消費者にもうまみがあり、日本農業を強くする作物の新品種の育成と、新特性シルクなど新産業の創出につながる生物新素材の開発に関わる研究を行うということだ。
柱の3つ目は「農産物・食品の高付加価値化と安全・信頼の確保」だ。これは、おいしくて健康的で、安全かつ信頼できる農産物を国民に提供するための研究開発をすることが目標だ。口蹄疫やBSE(牛海綿状脳症)への対応もここでの研究課題となるが、「環境変化に負けないインフラ維持や、原発事故への対応、鳥獣被害への対応もテーマ」だという。
4つ目の柱は「環境問題の解決・地域資源の活用」だ。ここでは、気候変動などの自然環境の変化、人口減少などの社会的・経済的環境変化によって脅かされている日本農業を持続可能とするために「先手を打つ、底力をあげる、主流化する」をキーワードにして、「これからの5年間、集中的・精力的に研究を進めていく」と井邊理事長。
◆原動力は農業への熱い思い
インタビューの最後に井邊理事長は、「農研機構が『研究開発成果の最大化』を実現する原動力は、職員の"熱意"とさまざまな"連携"です。国とか県とか民間を問わず、農業技術に関わる研究開発をしている人は、伝統的に農業に対する熱い思いを持っています」という。それは「農と食が生命と環境を支える基盤であると認識している」からだ。
そして農業・食品の国内最大の研究機関として、「内外のネットワークとの連携はもとより、海外の機関や国際機関との連携も強化し、先導的・基盤的・中核的な研究開発を進めていきます」と決意を語ってくれた。
これまでも農研機構を中心とする研究機関が日本農業に果たしてきた役割は大きいが、統合し、さらにパワーアップした農研機構が、厳しい状況にある日本農業に新たな力を与えてくれることは間違いないと期待できるインタビューだった。
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