コラム 詳細

コラム:食料・農業問題 本質と裏側

【鈴木宣弘・東京大学教授】

2017.11.14 
【緊急寄稿】TPP11「大筋合意」の真実一覧へ

・増幅される日本農業の打撃

 今回は、TPP11の「大筋合意」を受けて、「建前→本音の政治・行政用語の変換表」に次の用語を追加し、解説する。

●「大筋合意」=
交渉が決裂した項目は外して、合意できた部分だけをもって合意を偽装する姑息な用語。類義語に「大枠合意」(日欧EPA)。内政での行き詰まりから国民の目を逸らすために外交成果を急ぐときの常套手段になりつつある。納得していない国に早く降りるよう圧力をかける意図もある。

 

◆TPP11は「大筋合意」したのか

牛舎のようす 強引に合意を装ったとういうのが正確であろう。閣僚声明文のとおり、core elements(核となる項目)について合意したが、「米国の復帰が前提」という名目で20項目も凍結した上、マレーシアが主張する国有企業の優遇禁止の凍結や、カナダが求めていた文化産業の著作物保護の例外扱い要求など4項目は未解決のまま残されている。だから、カナダが首脳間で合意を確認するレベルでないと言ったのは当然である。
 これで大筋合意と言うなら「言葉遊び」で何とでも言える。納得していない国に圧力をかけていく姑息な手段でもある。年明けの署名をめざすとしているが、米国とのNAFTA(北米自由貿易協定)再交渉やケベック州の選挙なども控えるカナダが安易に日本の圧力に屈しないことを期待する。

大型通商交渉における「合意」の表現 2015年10月環太平洋連携協定(TPP)の場合、2017年7月日EU経済連携協定(EPA)の場合、2017年11月米国を除くTPP11か国の新協定の場合

 (出所) 東京新聞・矢野修平記者作成

 

◆米国には「スネ夫」、米国いないと「ジャイアン」日本

 米国がいると、「ジャイアン」たる米国にへつらう「スネ夫」の日本が、米国がいない、アジアの国々が中心だとなると、途端に自分が「ジャイアン」ぶるのが日本である。カナダの反発もわかる。
 筆者は、以前から日本とアジア諸国とのFTAの事前交渉に数多く参加し、TPP12で米国が他国に行ったジャイアンぶりを、日本がアジアとのFTA交渉で相手国に露骨に行うのを目の当たりにし、非常に恥ずかしく情けなく思った。

 

◆TPP11も日米FTAも「両にらみ」

 日米FTAを避けるためにTPP11を急いだという解釈も違う。トランプ政権中は米国のTPP復帰は絶望的な中で米国抜きのTPP11が合意されたら、出遅れる米国は、逆に日米FTAの要求を強めるのが必定である。かつ、その際にはTPP以上の譲歩を要求されるのも目に見えている。

 
 
◆TPP破棄で一番怒ったのは米国農業団体だった

 そもそも、TPP破棄で一番騒いだのは米国農業団体だった。裏返せば、日本政府の影響は軽微との説明は意図的で、日本農業はやはり多大な影響を受ける合意内容だったということが米国の評価からわかってしまう。せっかく日本から、コメも、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、米国政府機関の試算でも、4000億円(コメ輸出23%増、牛肉923億円、乳製品587億円、豚肉231億円など)の対日輸出増を見込んでいたのだから当然である。
 しかし、これまた感心するのは、米国農業団体の切り替えの早さである。すぐさま積極思考に切り替えて、TPPも不十分だったのだから、2国間で「TPPプラス」をやってもらおうと意気込み始めた。それに応じて「第一の標的が日本」だと通商代表が議会の公聴会で誓約した。

 

◆両面から米国への忠誠をアピール

 日本はTPPプラスの米国からの要求を見越している。そもそも、米国の離脱後にTPPを強行批准したのが、トランプ大統領へのTPPプラスの国益差し出しの意思表示だ。トランプ政権へのTPP合意への上乗せ譲歩リストも作成済みである。先日のトランプ大統領の来日時にも共同声明では明示されなかったが、日米FTAへの強い意思表示があった。
 情けない話だが、米国にはTPP以上を差し出す準備はできているから、日米FTAと当面のTPP11は矛盾しない。いずれも米国への従属アピールだ。米国内のグローバル企業と結託する政治家は、米国民の声とは反対に、今でも「お友達」企業の儲けのためのTPP型ルールをアジア太平洋地域に広げたいという思いが変わらないから、そういう米国のTPP推進勢力に対して、日本が「TPPの灯を消さない」努力を続けているところを見せることも重要な米国へのメッセージだ。
 「米国に迫られていやいや認めた項目なので本当は外したい」という要求が60項目も出たこと自体、TPPがいかに悪いかの証明であり、だったら米国離脱で削除すればいいのに、米国の復帰待ちで20ほど凍結し、否定したい項目なのに米国が戻れば復活させるとは、どこまで米国にへつらうのか。

 

◆日本のグローバル企業もアジアからの収奪狙うのは同じ

 もちろん、日本のグローバル企業も徹底した投資やサービスの自由化でアジアからの一層の収奪を目論んでいるので、米国のTPP推進勢力と同じ想いがあり、TPP11は大歓迎である。
 マレーシアにおける小売業(コンビニ)には外資は出資禁止だったのを出資上限 30%まで緩和するなど、我が国産業界からの主要関心分野で、TPP12で合意していたコンビニを含む流通業における外資規制の緩和などが実現できる。

 

◆企業利益と裏腹の収奪と失業

 TPP11は日本がアジア途上国に対する「加害者」になる側面が大きくなる。ただし、そのことは、アジアの人々を安く働かせる一方で、米国の「ラストベルト」のように、日本の産業の空洞化(海外移転、外国人雇用の増大)による日本人の失業・所得減少と地域の衰退を招くことも肝に銘じなければならない。米国民のTPP反対の最大の理由が米国人の失業と格差拡大だったことを想起すべきである。

 

◆TPP12以上に増幅される日本農業の打撃

 しかも、米国を含むTPPで農産物について合意した内容を米国抜きのTPP11で修正せずに生かしたら、例えば、オーストラリア、ニュージーランド、カナダは、米国分を含めて日本が譲歩した乳製品の輸入枠を全部使えることになる。
 バターと脱脂粉乳の生乳換算で7万トンのTPP枠が設定されているが、そのうち米国分が3万トンと想定されていたとすれば、米国が怒って米国にもFTAで少なくとも3万トンの輸入枠を作れということになるのは必定で、枠は10万トンに拡大する。 かつ、上述のとおり、すでに米国がTPPも不十分としてTPP以上を求める姿勢を強めていることから、米国の要求は3万トンにとどまらないでなろう。結果的に日本の自由化度は全体としてTPP12より間違いなく高まり、国内農業の打撃は大きくなる。
 ただでさえ設定量が大きすぎて実効性がないと評されていた牛肉などのセーフガード(緊急輸入制限)の発動基準数量も未改定だから、TPP11の国は、米国抜きで、ほぼ制限なく日本に輸出できる。

 

◆「気休め」条項の乏しい実効性

 このように、強引に合意を急ぐために日本農業は「見捨てられた」。新協定の6条で、TPP12の発効が見通せない場合には内容を見直すことができることにはなっているが、何をもって米国の復帰なしが確定したと判断するのかも難しいし、協議を要求できるだけで義務付けられていないため、他国が容易に応じるとは思えず、本当に見直せるか、極めて不透明である。「気休め」条項にごまかされてはいけない。
 TPPでは米国の強いハード系チーズ(チェダーやゴーダ)を関税撤廃し、ソフト系(モッツァレラやカマンベール)は守ったと言ったが、日欧EPAではEUはソフト系が強いから、今度はソフト系も差し出してしまい、結局、全面的自由化になってしまったという流れも、いかにも場当たり的で戦略性がない証左だ。TPPでもEU・カナダFTAでも、国益として乳製品関税を死守したカナダを少しは見習うべきである。
 際限なき米国へのごますりと戦略なき見せかけの成果主義では国民の命は守れない。

 

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

鈴木宣弘・東京大学教授のコラム【食料・農業問題 本質と裏側】

一覧はこちら

このページの先頭へ

このページの先頭へ