TPPの甘い交渉2013年9月2日
30日に、ブルネイでのTPP秘密交渉が秘密裡に終わった。国民はなにも知らされずに終わった。国民不在の外交といわざるをえない。
交渉の手練手管を公開せよ、というのではない。基本姿勢を鮮明にせよ、といいたい。ことに、米などの関税の撤廃や削減には断固として応じない、という姿勢を見せねばならない。
米を考えよう。ここには長い期間をかけて、関税率を少し下げれば乗り切れるだろう、という甘い考えがある。ごく一部の、実態を知らない評論家が、そう主張している。
いま米は、日本で870万トン生産している。その生産金額は、自家消費分も含めて1兆8500億円である。
これでは、とてもやって行けない。生産量は減ってしまい、輸入に頼ることになり、いまでも低い食糧自給率がさらに下がってしまう。だから、政府は5000億円の助成をして、ようやく生産量を保っている。
つまり生産額と助成額を合計した2兆3500億円をかけて、米の生産量を維持している。これより少なくなれば、生産を縮小しなければならぬほど、ぎりぎりのところで生産量を維持している。
1トンの生産を維持する金額は、2兆3500億円割る870万トンで27万円である。
◇
これだけの金額を農家に保証すれば、TPPで輸入を自由化しても、国内生産量を維持できる、という甘い考えがある。
安価な輸入米が入っても、輸入米と同じ価格で国産米を売り、その価格が27万円(玄米1トン当たり、以下同じ)よりも安ければ、それに足りない分を政府が助成すればいい、というのである。
こうした制度を直接支払い制度という。机の前に座って考える人の中には、なかなかいい考えだ、と思う人がいる。
しかし、何故いいのか、と考える人はいない。唯一の根拠は、欧米諸国がこの制度を導入している、というだけである。理論的な根拠はない。
その上、風土的、歴史的条件の違いによって、日本の米生産の実態は欧米とは全く違う。
◇
かりに、輸入米が20万円程度ならどうなるか、と彼らは考える。
国産米も20万円で売ればいい。生産量の870万トンと掛け算して、生産金額は1兆7400億円になる。国内生産量を維持するための2兆3500億円に不足する分の6100億円を、政府が助成すればいいことになる。いまの助成金額は5000億円だから、それに僅か1100億円だけ上乗せすればいい、この僅かな1100億円がTPP対策費ということになる。目出度し目出度し、というわけである。
だが、ここには輸入米が20万円だ、という仮定がある。これが致命的な誤りで、ここに大きな落とし穴がある。
◇
米の国際価格をみよう。下の図は農水省の資料の中にある国際価格である。
図の出所は農水省の資料(61ページ)
これでみると最近の7月の国際価格は544ドル(精米1トン当たり)である。これは精米価格だから玄米価格にし、1ドルを100円で計算すると、4.9万円である。海上運賃を足しても5.5万円程度だろう。つまり、前の仮定の20万円とは大違いである。
◇
短期的にみると、この価格で日本人好みの米を輸出できる国はないだろう。日本人は米について、国際的に特殊な味覚を持っているからである。この味覚は国際的に認められているわけではない。
筆者は、日本の米は世界中で一番旨い、と誇りに思っている。だが、日本以外の人は、日本の米が特別に旨い、と思っているわけではない。各国は、それぞれ自国の国民の好みにあった旨い米を作っている。
問題は長期の問題である。日本の農業を将来どうするか、食糧安保をどう確保するか、の問題である。
もしも、TPPで日本が米の関税を撤廃したり引き下げたりすれば、輸出国は、長期的な視点で、日本人好みの米を作って輸出するだろう。日本人好みの米だからといって、従来作っていた米と比べて経費が余分にかかるわけではない。つまり、日本人好みの米を、他の米と同じ国際価格で輸出するだろう。
◇
輸入価格は実際には5.5万円だから、事態は次のようになる。
国産米を輸入価格と同じ5.5万円で売ると、870万トンの生産金額は4800億円にしかならない。国内生産量を維持するための2兆3500億円には程遠い。2割にすぎない。8割の不足額の1兆8700億円を政府が助成しなければならなくなる。
20万円の仮定のときとは全く違う。欧米の状況とは、全く違うのである。
多くの国民は、米作農家が収入の8割を補助金に依存する事態を容認しないだろう。これは、決していい制度ではない。
この制度の導入を主張する人は、こうした実態を認識していない。だから机上の空論である。それは、日本の針路を誤るものである。
◇
こうした空論に惑わされて、TPP交渉を行ってはならない。
ここには、日本と欧米との間にある風土的、歴史的条件の決定的な違いがある。それを無視するなら、日本は米生産を断念するしかない。そして、農村社会を荒廃させ、食糧を外国に依存し、食糧主権を放棄するしかない。
いま政治家に求められていることは、もっと声を大きくして、関税撤廃や関税引き下げに反対を叫ぶことである。政府を厳しく説得し、TPPで、万一、政府が妥協したら、党議に反し、党籍を剥奪されても、国会の批准に反対する覚悟を固めることである。
(前回 院外活動で政界再編を)
(前々回 弱肉強食の時代がやってくる?)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日