第3回 「あめたもれ」2018年5月17日
私の幼いころ、今から80年くらい前の話である。ある夏の日のこと、田んぼで働いている父が大きな声で祖父と母に声をかけた。
「そろそろ あがらっしゃいは(そろそろ あがってくださいな)、
こくぞうさんさ 雲かがたがら(虚空蔵山に 雲がかかったから)」
田畑の仕事を終わらせることを「あがる」と私の生まれた地域では言うのだが、田の草を取っていた祖父と母はその声を聴いて曲げていた腰を伸ばし、西の山を見る。山形盆地の西側に連なる白鷹(しらたか)丘陵の最高峰白鷹山(994m、虚空蔵山とも言っていた)の頂上にたしかにうっすらと霧がかかってきている。すぐに帰り支度をはじめ、母はあぜ道で遊んでいた私たち子どもを連れて家路を急ぐ。途中で雨がぽつりぽつり降ってくる。まさに父の言ったとおりだ、「虚空蔵山に雲がかかると雨が降る」、雨の神様がいるのだという言い伝えはやはり当たっているなどと思いながら私たちは家に向かって走り出す。
この虚空蔵山が唄に歌われているのを知ったのは私の小学校入学の前年(1940年)だったと思うのだが、ともかく日照りの夏だった。
ある暑い日、近所の友だちがこれから近くの八幡神社で「あめたもれ」が始まるそうだから行ってみようという。何だかわからないが行ってみた。すると簑笠をつけた農家の男性が2、30人、神社の池のほとりにある水神様の石碑の前に集まり、何かとなえてお祈りをした後、その石碑のまわりを土埃りをまきあげながらどしんどしんと足踏みし、謡い踊りながらぐるぐるぐるぐる回り始めた。
「あーーめたーーもれ あめたもれー
こぐぞうさまがら あめもらた」
これは雨乞いの歌だった。それをくりかえし謡いながら何度も何度も水神様のまわりを回るのである。
この詞のなかの「あめたもれ」は「雨賜れ」のことだろうと思う。「こぐぞうさま」は「虚空蔵様」で、さっき言った白鷹山に祀られている虚空蔵尊のことである。この白鷹山の頂上に雲がかかると雨が降るといわれており、さきほど述べたようにそれは私も体験している。そこでこの山の虚空蔵尊に雨を降らせる力があると考え、そこにお願いをして雨を降らせてもらおうと「虚空蔵様から雨もらった」と歌うのだろう。
この踊りを初めて見た私たち子どもは興味津々、家に帰ってからみんなでその真似をして歌いながら何日間か飽きるまで遊んだ。
かなり年が経ってから、あれは干ばつ・予想される不作からまもってもらいたいという農民の神への悲痛な祈りだったのに、私たちは遊びの一つにしてしまったと忸怩たる思いにかられたものだった。
そうなのである、日照りの夏は祈るしかなかったのである。日照りになると近所の農家の人たちは「『雨たもれ』でもすっか(するか)」とため息混じりに話していた。当時は「空頼み」「神頼み」しかできなかったのである。
(蛇足):ちなみに、大相撲の十両に今場所昇進した白鷹山(はくようざん)は山形県白鷹(しらたか)町(白鷹丘陵の中央にそびえる白鷹山を挟んで山形市の西側)の出身である。応援しているのだが......。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(165)食料・農業・農村基本計画(7)世界の食料供給の不安定化2025年10月25日 -
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(82) 4-キノリル酢酸【防除学習帖】第321回2025年10月25日 -
農薬の正しい使い方(55)防除の要は第一次伝染時【今さら聞けない営農情報】第321回2025年10月25日 -
オリーブと広島【イタリア通信】2025年10月25日 -
【特殊報】果樹全般にチュウゴクアミガサハゴロモ 県内で発生と加害を初めて確認 広島県2025年10月24日 -
東京と大阪で「業務用米セミナー&交流会」 グレイン・エス・ピー2025年10月24日 -
どうなる日本の為替・金利の行方? 合理的価格形成のあり方は? アグリビジネス投資育成がセミナー(1)2025年10月24日 -
どうなる日本の為替・金利の行方? 合理的価格形成のあり方は? アグリビジネス投資育成がセミナー(2)2025年10月24日 -
【人事異動】農水省(10月21日付)2025年10月24日 -
生産者の米穀在庫量257kg 前年同月比17.4%減 農水省2025年10月24日 -
(458)農業AIは誰の記憶を使用しているか?【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年10月24日 -
甘みたっぷりブランド温州みかん 福岡県産「北原早生フェア」25日から開催 JA全農2025年10月24日 -
11月23日は『ねぎ』らいの日「小ねぎフェア」27日から開催 JA全農2025年10月24日 -
関西電力発行のトランジション・ボンドに投資 温室効果ガス削減を支援 JA共済連2025年10月24日 -
滋賀県産近江米「みずかがみ」など約50商品を送料負担なしで販売中 JAタウン2025年10月24日 -
寒さの中に咲く、あたたかな彩り「埼玉県加須市産シクラメン」販売開始 JAタウン2025年10月24日 -
JAタウン「あつめて、兵庫。」×「お肉の宅配 肉市場」コラボ特別セット販売2025年10月24日 -
【農と杜の独り言】第5回 水田のある博覧会 食料安保考える機会に 千葉大学客員教授・賀来宏和氏2025年10月24日 -
ありあけ「横濱ハーバーダブルマロン」で「ミャクミャク」「トゥンクトゥンク」 のコラボ商品発売 国際園芸博覧会協会2025年10月24日 -
鳥インフル スウェーデンからの生きた家きん、家きん肉等 輸入一時停止 農水省2025年10月24日


































