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コラム:新刊本エッセイ

【今野 聰(NPO野菜と文化のフォーラム 監事)】

2018.12.26 
『日本文化厚生連七十年史』一覧へ

声を聴き共有する活動と攻勢的業務展開

 

 平成30年9月、日本文化厚生農業協同組合連合会の『七十年史』が発刊された。全ページ、実にずっしりと重い。総事業高738億円、92会員、112従業員(2017年度末)。本部はJR新宿駅南口から近い新宿農協会館。7章編成、195ページ。
 第1章が「設立から経営再建まで」1948(昭和23)年~1979(昭和54)年。正に戦後混乱期のことだ。今日では昭和20(1945)年代と言っても、実感がない世代が圧倒的に育っている。そういう時代に、戦前の産業組合が太平洋戦争に巻き込まれた反省から、どうして立ち直ったか。そこに、全国農業会(旧全農)から新たな全国連設立の激闘があった。結果は、全指連、全販連と全購連設立だった。現在の全中、全農である。こう書けば、坦々に見える。だがそこに、歴史に残る「全農民主化闘争」があった。あるいはその後の全農設立反対闘争がある。ここは70年史の記述から拾う。
「当時、農業会の徹底解体と民主的農協の設立推進に当たったのが、1947(昭和22)年8月に設立された農業協同組合協会です。そこに・・・農村文化の向上に関心を寄せていた文化運動の学識経験者の強い提案・協力があって、生活文化事業を行う民主的全国連合会(全国連)の構想が打ち出されました」(14p)
 1948年9月23日、17都府県・43農協が出席、文化連の創立総会が開催された。その際、「保健医療施設及び経営の指導、国民健康保健事業の普及」を追加、付帯事業に「各種文化資材及び保健医療資材の配給斡旋」という目論見の事業規定となったとある。
 この第1章、なんと、つづきは「設立から経営再建」。経営再建のための多くの歴史的苦闘が語られる。「茨城県・玉川農協組合長山口一門が第2代会長に就任し、金井満(後に全国厚生連専務に就任)、田島敏郎との3人体制で、文化連の再建に取り組みました」(16p)。つまり文化連の原点を成す歴史的人物である。
 第3章「県を超えて共同購入の模索と進展」、第5章「全国規模の共同購入をめざして」などが70年史のエッセンスである。全国各地農協病院との関係を緊密にして、医薬品業界との医薬価格交渉における全国共同活動の成果発揮に記述は全力投球。驚くべき成果だ。最近の事態は、都市部のドラックストア展開もあり、一方は伝統的な富山の薬屋さんもある。まして認知症関連施設で溢れる。最後に山口一門発言を引用する。
「自国の農業を厄介者扱いにしている近視眼的農業政策を主張している馬鹿者が大手を振っている国―日本の現代社会の思潮は遠からず大きな間違いだったと痛感する時が来る」(『文化連情報』1995年9月号)。
 付け加える。「第6章武藤喜久雄前副会長から聴く」が光る。武藤氏は第39回(平成29年)農協人文化賞受賞者(当協会主催)でもある。

 

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