【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第73回 難しかった「貧困からの解放」2019年10月17日
貧困からの解放、そのために農家がまず取り組んだのは増収だった。限られた農地から多くの収量を得ようとしたのである。
主作物の米でいえば、一粒でも多くの米をとり、飢えからの脱却を図ろうとした。そのためにもっとも効果的なのは肥料の投入だった。ちょうど大正末から昭和の初めにかけて硫安、石灰窒素、過燐酸石灰などの化学肥料が導入され始め、その効果は目を見張るばかりだった。そこで農家はその技術を採用しようとした。
しかし問題は、下手に投入すると稲の場合などは青立ちしたり、徒長して倒伏したりして収量が落ちてしまうこと、天候等で豊凶変動が激化することだった。そのためには大豆粕、魚粕など有機質肥料を基軸として組み立てられたこれまでの稲作技術(明治農法)からの転換が必要だった。しかし、化学肥料=多肥に対応する品種、肥培管理技術は未だ完成していなかった。その結果、大正末から昭和初期にかけて水稲の豊凶変動は激化し、反収は停滞した。
そこに大正末からの不況続き、なかでも昭和4(1929)年の世界大恐慌である。米価は暴落、もう一つの柱の繭の価格はさらに大暴落するに至った。高価な化学肥料を高利の借金までして買って不作、貧困はどん底までいった。
小作料も払えなくなった。すると地主は土地を取り上げ、ほかの小作人に貸し付けようとした。そんなことをされたら農家はますます食えなくなる。
こうしたなかで起きたのが地主に対する小作料引き下げを求める運動、地主の土地取り上げを阻止する運動だった。これまでのように個々人がばらばらに地主に引き下げをお願いしに行く、土地を取り上げないように頭を下げるだけでは言うことをきいてくれない、みんな集まって大きな力にして要求し、小作料の引き下げをかちとり、土地取り上げを阻止して貧困からの脱却を図ろうとしたのである。そして全国各地で農民組合が組織され、小作人の生きる権利をまもる運動が多発した。
しかしこうした運動は徹底して弾圧された。
それからもう一つ、産業組合の運動に取り組んだ。農民が協同して信用、販売、購買事業を展開することで商人資本、高利貸し資本の収奪から経営と生活を守り、貧困からの脱却を図ろうとしたのである。これは政府も推奨した。昭和恐慌後の農村救済を考えざるを得なくなった政府が結成を推奨したのである。
これに積極的に取り組んだのは没落の危機にあった自作農、小地主だった。逆に小作人は地主などからの圧力を恐れてなかなか加入しなかった。一方。産業組合の発達と政策的支援に反対する運動(反産運動)が商人層を中心に全国的に激しく展開された(注)。こうした状況の中で、事業の展開はなかなかうまく進まなかった
貧困からの脱却は容易ではなかった。そうしたところに起きたのが、昭和9(1934)年の未曾有の大冷害だった。連続する恐慌に続く冷害は農村を貧困のどん底に陥れた。
こうした状況下で政府が進めたのが前に述べたような中国侵略、満蒙移民の推進だった。農家はそこに一縷の望みを託し、それで貧困からの脱却を図ろうとするようになった。しかし、当然のことながらそれは中国の人たちの激しい抵抗を受けることになった。
やがて、化学肥料=多肥に対応する品種や肥培管理技術が開発され、普及する等、ようやく水稲反収も昭和10年代に向上安定するようになった。だからといって、地主が今までのように小作料を上げるというわけにはいかなくなっていた。もちろん、これで貧困からの解放というわけにはいかなかったが。
同じくこの昭和10年代、中国侵略は泥沼に陥り、日本は世界から孤立するようになった。それでも日本は戦争を続け、太平洋戦争を引き起こすにいたった。そして日本の国民は、戦争の加害者となると同時に被害者となった。
(注) ちょうとタイミングよくこの反産運動に関する記事が先日の「JAcomコラム」に掲載されているので参照していただきたい。
JAcomコラム【リレー談話室・JAの現場から】藤井晶啓『「反反産運動」に学ぶ 大きな夢を描いて対抗』2019年3月1日掲載
そのほか、本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
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