【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第81回 牛の売られる日2019年12月26日
山形県内陸部にある私の生家は耕起・運搬のための牛を飼っていたが、それは「ちょうせんべご(朝鮮牛)」と称されていた黄茶色~赤橙色(うまく言い表せないが)の牛だった。

幼かった頃、その牛が息を荒くはき、よだれを流し、汗をかきながら、畑を行ったり来たりして土を鋤き起こしているのを見ると、かわいそうでたまらなかった。
もっとかわいそうだったのは、子牛が売られていく日だった。
牛の子が産まれると聞くと私たち子どもは牛小屋に出産を見に行った。そして生まれたばかりの子牛の全身を親牛がぺろぺろなめるのを、また子牛がよたよたと立ち上がるのをがんばれ、がんばれと声をかけながら、あきずに見ていた。
2ヶ月してからか3ヶ月してからか忘れてしまったが、その子牛が売られていく。親牛が手綱をつけられて外に出され、歩き始めると、子牛は喜んで親の後をついていく。子牛には手綱をつけていない。親の周りから絶対に離れないから大丈夫だ。子牛は親牛のまわりをぴょんぴょん飛び跳ねながらうれしそうについていく。売られにいくことなど知らないから本当に楽しそうだ。
2、3時間して親牛だけが帰ってくる。後ろを振り返り振り返りしてなかなか歩かない。いつもはおとなしい牛が尻をたたかれ、怒られながら牛小屋に入れられる。牛は鳴きながら子牛を求めて小屋の中をうろうろ歩く。夜になってもその鳴き声はやまない。何回も何回も鳴く。かわいそうで耳をふさぎたくなる。3日くらい過ぎて牛の声もかすれてくるころ、ようやく鳴きやむ。こんなことが毎年続いた。
子牛は家の重要な収入源であったからやむを得ないことなのだが、たまらなかった。
私が中学のころ、この牛もかなり高齢になり、回復できない病気にかかった。当然廃牛として売られることになる。食肉業者の小型トラックが牛を引き取りに来た。いつもはよくいうことを聞くのに、牛はトラックになかなか乗ろうとしない。労苦をともにしてきた父が牛の尻をなで、軽くたたきながら、「やろ(野郎)、さえなら(さよなら)」とやさしく声をかけた。それを聞いた牛はあきらめたように父を見ながら、私の方を見ながらゆっくり荷台に乗り、またこちらを振り向いて一声鳴いた。その大きなやさしい目に涙が浮かんでいるように見えた。トラックは走り去った。私は家の中に走った。私の涙を人に見られるのがいやだったからである。小さい頃からいっしょに過ごし、餌も自分が与えてきた牛との別れに、だれもいない奥の座敷で、思いっきり大きな声をあげて泣いた。
ただひたすら働かせられ、子どもとはむりやり別れさせられ、粗食に耐えさせられ、そして殺されてしまう牛、ともかくかわいそうだった。
こういう思いをしないようにするためなのだろう、牛には名前をつけなかった。よその家でもそうだった。「やろ」という蔑称的な一般名称で呼んでいた。
子どもの頃は牛をこうした苦痛から解放するために何かないかと考えた。
しかし、不思議なことに牛以上に人間が大変だったということに幼い頃は思い及ばなかった。父母や祖父母の過重労働のことを考えなかったのである。さらに、牛が飼えない小さい農家は田んぼを人手で耕しており、これはもっと大変だったことも考えなかった。
いかに農業労働が大変かを実感したのは、自分が田植えや稲刈りの手伝いをまともにするようになってからのことだった。とくに女性が「角(つの)のない牛」とまで言われる状況にあったことは本当に後になって気が付いた。こうしたなかでやがて、「牛に代わって機械を」から「人間に代わって機械を」と考えるようになってきた。
その望みは1960年代以降かなえられた。機械化の進展は牛を辛い労働から解放してくれた。しかしそれは牛の追放でもあった。いらなくなってしまった役牛はほとんど見られなくなった。牛にとってどっちがよかったのだろうか。
機械は人間についても苦役的な労働から解放してくれた。機械はそうした役割をしてくれるものであり、本来からいえばそれだけでいいはずである。ところがそれですまなかった。機械は、少なくてすむようになった労働力を、牛と同じように、農村から農業から追放した。そして村々には人がいなくなった。機械は人間労働を節約するため、人間を救うためのものでなく、労賃を節約するためのものでしかないという資本の論理が農業にも働いたのである(このことについてはまた後ほど述べたい)。
十数年前韓国に調査に行ったとき、しばらくぶりで赤茶色の毛をした牛を見た。農家が肉牛として飼育していたのである。私たちが朝鮮牛と言っていた牛とそっくりだった。本当になつかしかった。牛肉の輸入自由化が進む中で、あの牛たちは今どうなっているだろうか。
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