新基本計画の彼方に日本農業の可能性を見つけよう【JCA週報】2020年10月19日
「JCA週報」は、日本協同組合連携機構(JCA)(会長 中家徹JA全中代表理事会長、副会長 本田英一 日本生協連代表理事会長)が、各都道府県での協同組合間連携の事例や連携・SDGsの勉強会などの内容、そして協同組合研究誌「にじ」に掲載された内容紹介や抜粋などの情報を、協同組合について考える資料として発信するコーナーです。
今回は、「新基本計画の彼方に日本農業の可能性を見つけよう」です。
協同組合研究誌「にじ」2020年秋号に寄稿いただいた谷口信和東京大学名誉教授の論文の一部を紹介します。
協同組合研究誌「にじ」2020年秋号
新基本計画の彼方に日本農業の可能性を見つけよう
谷口信和 東京大学名誉教授
1.はじめに
今回の食料・農業・農村基本計画(以下では新基本計画と略記)に期待されたことは大きく分けて二つあった。
第1は、「農林水産業・地域の活力創造プラン」が「基本計画」の上位に位置し、食料・農業・農村基本法を無視する官邸主導型農政のあり方に軌道修正を加え、食料・農業・農村政策審議会での熟議を踏まえて、農林水産省主導で政策を決定することである。
第2は、そのことを通して、真に食料自給率向上を実現するような総合的な食料安全保障の方向を明確にし、外需依存型農業発展に過度に傾斜した新自由主義的な農政軌道を修正して、農業生産と農村の現場実態に即し、規模拡大と法人化一辺倒の選別的な担い手政策を改め、地域に存在する多様な担い手を全体として底上げしていく地産地消の内需主導型農業発展の道筋を明らかにすることである。
こうした基準を前提にして新基本計画の決定過程と内容をみると、以下のような特徴を指摘することができる。
第1は、審議期間が余りにも短かったことである。従来の15ヵ月から11ヵ月に短縮された上に、前半は農業者のヒアリング、後半は諮問に基づく審議と、会の性格が変わっただけでなく、会長の交代があって、首尾一貫した審議・熟議という形が取れなかった。
第2は、2019年9月以降、世界的なレベルで進められた気候危機への対応や20年1月以降に本格化した新型コロナウイルス感染症拡大・パンデミック突入といった新基本計画が前提条件として織り込まざるをえない重大事態の勃発に対して、当初日程通りの答申に止まり、今後10年の農政の基本方向を定めるべき新基本計画の射程を大幅に制約することになった。答申の延期という至極当然の政治的な決断はなされなとはいえ、第3は、官邸主導型農政の牽引役であった農水省顧問(元事務次官)の退任(19年6月)と江藤拓・新農水大臣の就任(9月)により、農業の現場実態を知悉し、SDGsなどに理解を示す新たな「ツートップ」体制が成立して、官邸主導型農政からのシフトの可能性が広がったことである。
そして、第4に、こうした条件変化の下で、全中など農業団体の意見にもある程度耳を傾け、答申に採用する雰囲気が生まれたことである。
その結果、上述の期待に応える方向がある程度実現しつつあることは次の二つの事実に示されている。第1は、新基本計画が答申された折の江藤大臣の発言で、基本計画は基本法に基づいて決定するものであることに触れ、「基本法はあらゆるものの上位に来るものだと私は考えている。これに基づいてしっかりと産業政策と地域政策のバランスをとりながら(農政を)行っていきたい」というのがそれである。
第2は、新基本計画が閣議決定されたときの大臣談話において、(1)農業・農村が「国の基」であり、(2)「担い手の育成・確保や農地の集積・集約化を進めるとともに、規模の大小や中山間地域といった条件にかかわらず、農業経営の底上げにつながる対策を講じ、幅広く生産基盤の強化を図」るとするとともに、(3)「産業政策と地域政策を車の両輪とし、食料自給率の向上・食料安全保障の確立を図ってまいります」とされていることである。
農業の現場で格闘しているJA関係者や生産者にとっては、一方で政策に合わせて自らの対応を変化させること、すなわち、政策をうまく活用しながら現場実態に合わせることが必要である。他方では現場実態に沿って自らが実践してきた一貫した方向を取り続けるとともに、そうした方向をやがて政策に反映させるという二正面作戦を採用することが肝要である。
そこで、以下では新基本計画の内容を具体的に吟味する中で、こうした期待がどこまで正確に反映されているのかを検討するとともに、政策に不十分性があるとすれば、JAや現場の農業者はどのような独自の方針を取ればよいのかについての筆者なりの見解を示すことにしたい。
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