農村での保育施設、自動車の普及と女性【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第224回2023年1月26日
かつての農家の女性はすべて自家農業に従事した。前に述べたようにそれが当たり前だった。当時の手労働段階の農業は家族総ぐるみの労働を要求したからである。それに加えて家事・育児がある。それは女性が担った。だから農家の女性とくに嫁は本当に大変だった。
まずは幼児、乳児などの育児と農作業の競合があった。日中は田畑に働きに行かなければならず、同時に育児もしなければならないのである。
それで、姑(しゆうとめ)がいれば姑に日中家にいてもらって育児をしてもらい、また家事や屋敷畑の作業などを担当してもらった。これで嫁は楽になる。しかし、姑は自分の子どもの育児から解放された途端に孫の育児をさせられることになる、子どものときは弟妹の世話、まさに一生育児に追われる身の上だった。
でも、姑のおかげで嫁は何とか外で働ける。しかし、姑がいないとそういうわけにはいかない。子どもを田畑に連れて行くより他なかった。あぜ道や日陰にむしろを敷いて、あるいは「えずこ」(注)に入れて寝かせて農作業をした。兄や姉がいればそれに面倒を見させた。
子どもが大きくなると、田畑には連れて行かず、家において出かけた。近所にそうした子どもたちがたくさんいてみんな群れて遊んでおり、年上の子が下の子の面倒を見ながら遊んでくれたからである。そうした子どもたちに何かあると、野良に行けなくて家にいる年寄りが助けてくれた。
とは言っても基本的には子どもだけ、いうまでもないが、危険だった。田畑に連れて行っても、すぐ目の前で見ているわけではないから、さまざまな事故が起きた。とくに農繁期がそうだった。家ぐるみ、村ぐるみで田畑に出る、子どものことなどかまっている人も暇もなかった。
こうしたなかで、農繁期だけ子どもの面倒を見てやろうとお寺の住職が境内を開放して臨時託児所を開いてくれたり、地域の嫁・姑が共同して順番にかわるがわる面倒を見る臨時託児所をつくったりしたが、根本的な解決にはならなかった。
やがて、幼稚園が農村部にもつくられるようになってきた(1960年以前は農村部に幼稚園などなかった、都市部にはあったが、きわめて少なく、金持ちの子どもが入るところでしかなかった)。しかし、農家も子どもを通園させることのできる経済的ゆとりが生まれていた。ここに通園させることで少なくとも午前中は安心して田畑で働けるようになったのである。
さらに進んで、農作業が機械化省力化され、家族全員農業に従事しなければならない状況でなくなってきたので、家でゆっくり育児に専念することもできるようになった。子どもが小さいうちは家事育児に専念するという嫁さんが見られるようになり、私たちの年代のものはやっとこうなったかとうれしくなったものだった。
しかし、農外に働きにいこうとしたり、農業でもっと働きたいと思うと、やはり姑が子どもの面倒を見てくれなければ、難しかった。
さらに進んで、公設の保育所が農村部でも開設されるようになった。農村と都市の格差はますます縮小してきた。それで安心して農業で働けるようになった。そればかりではなかった。農外の職場に農家の嫁が進出することを可能にし、また結婚もしくは出産前に勤めていた職場をやめなくともよくなった。農家の女性の職業選択の自由がこれで保障されることとなった。これは農業青年の結婚対象の幅を広げる上でも大きな前進だった(実際にはなかなかそうならず、農村の嫁不足が問題になるようになったのだが、これについてはまた別途述べたい。
なお、この農村女性の農外就業を可能にしたもう一つの要因として車の普及をあげなければならない。
自動車の運転免許を持つ、これはかつては男だけだった。女性が免許を持つなどというのはみんな考えもしなかった。たまに女性が運転しているのを見かけると、珍しくてみんな振り返って見たものだった。
60年代後半ではなかったろうか、「一姫二虎三ダンプ」という言葉が流行った。虎=酔っぱらい運転の怖いのは当然だが、それ以上に女性の運転が恐い、怖く見えるダンプカーよりも危険、女の運転する車には注意しようというのである。これには笑ったが、たしかに女性の運転は危ない。まわりに対する注意が足りなく、自分のことしか考えていない。家内などは、危険な運転をしている車を見て「あ、やっぱり女が運転してる」などと自分が女でありながらつぶやく。ましてや当時は女性であることで甘えるということもあった。もちろん、酔っぱらい運転から比べたらその危険などはたいしたことはないのだが、こんな言葉が流行るほど70年代には女性の運転が多くなった。
やがて男女を問わず免許を持つのが当たり前の世の中になってきた。免許がなければ就職もできなくなった。そして世の中は車社会となった。トラックやダンプの運転をする女性さえ現れるようになった。一番「恐い」姫と三番目に「怖い」ダンプがいっしょになったらどうなるのだろう、「恐怖」運転ということになるのだろうか。
そんなことはさておいて、この車社会が農家に嫁いだ女性の農外就業を可能にした。都会と違って公共交通機関はきわめて不便、これに頼ってはとてもじゃないがよそに勤めることなどできない。つまり自動車は農村女性の職業選択の自由を保障したのである。そしてそれは農業青年の結婚を容易にするものでもあった(実際にそうなったかどうかは別にして)。
新憲法で男女同権となって男女平等が叫ばれるようになり、さらに1975(昭50)年からの10年間男女共同参画の運動が展開された。しかし、女性の地位向上、差別の撤廃はなかなか進まなかった。
それでも徐々に徐々に変わってきた。
(注)Jacom「本稿 2019年4月18日掲載 第49回 子どもの子守り」参照
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