一農政学徒の手記・・・知と情と【森島 賢・正義派の農政論】2023年8月28日
人生に終わりがあるなどと思ったことは、これまで一度もなかった。これは、私の人生だけではなく、人生一般についての思い、でもあった。だが、卒寿を目前に控えて、すこし変わった。
わが身の周りをみると、母の「かつ」は、ずいぶん前に人生を終えた。妻の「きよ子」は、17年前だった。この2人が、情において私に最も人だった、といっていい。
だが、ここには若干の補足が必要である。2人は、知においても、私にとって最も近い人だったのである。だから、ここに書くことは、必ずしも私事ではない。
私に最も近かった人が、あと2人いた。深澤文彦君と太田原高昭君である。情においても、知においても最も近い友人だった。4人とも、もう人生を終えた。もういない。
こうした周囲の状況のなかで、人生に終わりがあることを覚ったのかもしれない。それに加えて、最近は身体のあちこちが痛むようになった。この世の名残りというわけでは決してないが、ここでは2人の友人の情と知について、書き留めておきたいと思う。
深澤君との出会いは、中学校に入ったときである。当時は終戦直後で、合併授業というものがあった。2つの組が1つの教室で授業を受ける、というものだった。そのとき、彼が私に腰掛けを半分掛けさせてくれた。そのことを今でも鮮明に覚えている。その時から、互いに面白い奴だ、と思うようになったようだ。そこには、互いに田舎の出身だったことが、かかわっていたように思う。
彼には物事の浅部と深部の区別がなかった。いつも深部から物事を考えていた。彼と私とでは、社会観が違うように見えたかもしれない。だがそれは、浅部のことであって、深部においては一致していた。だから、無駄な言い争いはなかった。
それは、共同体を基礎に据えた社会観であり、歴史観であった。そこには、幼いときから共同体のなかで培われた情が色濃くあった。そして、その上に知があった。その知で私の論説を、その深部から批判してくれていた。それを情の言葉で伝えてくれていた。
その後、彼は医学の道へ進んだので、私とは専門が異なることになった。だが、彼の批判は適切で、よくよく考えると痛烈なものだった。
だから私は、いつも彼の深部からの批判を想定しながら、論説を書いていた。その彼は、もういない。
◇ ◇ ◇
太田原君とは北大以来の友人だった。私より若い助教授だったが、その頃すでに彼は協同組合論の分野での鋭い論客だった。そしてその後、第一人者といわれるようになった。
私は彼から多くのものを学んだ。それは、協同組合についてだけではなかった。彼の社会観についても多くを学んだ。これからも学びたいと思っていた。だが、急逝してしまった。
彼の社会観の基礎には社会主義があった。それは、私と最も近いところにある、と思っていた。しかし、この点について、あまり多くを話してこなかった。私にとって、彼に代わる人は、もういない。
話したかったことは、いくつかある。その主要な点は、協同組合における生産手段の所有形態についてである。社会主義は、生産手段の私有を認めない。それは、社会主義がよって立つ古典的な大原則である。
この唯物史観は、現実の協同組合にあわせて修正すべきものなのか。あるいは、協同組合は社会主義への歴史的移行の一過程と考えるべきなのか。
いま、私の頭のなかには、中国憲法にある集団所有制という形態が去来している。彼なら、これらを懇切丁寧に話してくれただろう。そこには知と情が溢れていた筈だ。
もう1つある。彼は「宇宙軍が地球に攻めてくるまで、世界政府はできない」といったことがある。これは、彼の国家観だろう。国家は労働を搾取するための暴力機関、という国家観と、どのように整合させているのか、いないのか。それとも、整合させることは無意味というのか。
いまは、彼の知を聞ことができない。この世を去って、来世で聞くしかないのだろうか。このことを、いま痛切に思っている。
(2023.08.28)
(前回 食生活の劣化)
(前々回 格差拡大が続く)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより『コラム名』をご記入の上、送付をお願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日