続・「もうだめなようだ」【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第328回2025年2月13日
『山椒魚』と『やまなし』、なぜこの二編を並べて中学校の教科書に掲載したのか、編者の気持ちはよくわからないが、不思議なことに88歳を過ぎようとしている今の私の脳裏にはっきり残っている。
それはそれとして、山椒魚のように「もうだめなよう」になってしまった私、先日、とうとう「要介護者」として認定されてしまった。家内はすでに認定され、私より一段上なのだが、夫婦ともに世間にお世話になって生きていくしかなくなったのである。
そして、週一回看護士さんによる訪問看護(薬の配置・食事状況の確認、健康相談)を受け、さらに同じく週一回ヘルパーさんに風呂・トイレの掃除をしてもらうことになった。もちろん有料ではあるが、介護保険の適用できわめて安い。これなら私たちの身体も少しは楽になる。こうしてまた世間様にご厄介をかけることになってしまった。
しかし、それでも老人の私たち二人だけで生きていくのは難しい。
とくに私の2日おき、週3回、バスに乗っての生協への買い物が大変だ。前にも述べたように、家内は一人で自立して歩くのが難しくなっているので、買い物は私の役割になっているのだが、最近はどういうおかずを買ってくるのか考えるのも私の役割になりつつある。これが大変なのだ。何十年も家内の料理にすべて頼りきりできた家事無能力の私のこと、バランスのとれた料理など考えられなない。
一方家内は、私の買ってきた素材をどう料理するかを忘れ、それどころか素材を使うのを忘れて何日間も冷蔵庫の中に置きっ放し、賞味期限が切れてしまったりすることも多々ある。
さらに私の体力からしていつまで生協に買い物に行けるのか、重い荷物を背負って歩けるのかも問題となる。それだけならまだいいが、転倒して怪我をしたり、三年前のように倒れて緊急入院などとなったらまた大変だ。前にも話したように何回か見知らぬ人に助けてもらってもいる。
その上に、台所の洗い物、洗濯物干し、家のなかの掃除、庭の手入れ等々も大変になり、おろそかになりつつある。
まさに私は「だめなよう」になりつつあるのである。
家内の方はもっと「だめ」になっている。
まず歩けなくなっている。立ったり座ったりするのも大変になってきている。家の中はバリアフリーになっているのでまだいいが、外では一人で歩けない。補助車を押せば何とか歩けるがちょっとつまずいたりしたら転倒してしまう。私と腕組みして歩いてはいるが、この頃は二人いっしょに転倒したりして通りすがりの見知らぬ人に助けてもらう等々、世間さまに迷惑をかけるまでになってしまった。
二人とももう「だめなよう」、いや「だめ」になっており、いつどうなるかわからない状況になってきているのである。
それを見ている東京に住む娘、息子、孫たちは言う、仙台の家屋敷を引き払って東京の介護施設に入り、住まいと食事を提供してもらい、そこでのんびりゆっくり過ごしたらどうかと。
続けてこうも言う、そうすると私たちも安心だ、何かあったらすぐ駆け付けられる、新幹線代もなしにいつでも会えるし、家に来てもらって食事もできる、いっしょに外食したり、飲み屋に行くこともできる、東京に住む甥や姪たちもいっしょに伯父さんと飲みたいと待ち構えているとも言う。さらに仙台でお世話になっているケアマネージャーも娘とともに東京の介護施設・有料老人ホーム行きを勧める。
そして昨年の11月、東京郊外のある老人ホームの案内書を持ってきた。介護施設付きマンションとも言える感じで、たしかに住み心地はよさそうである。しかし入所金は高い。入ろうとすれば今の仙台の家を処分しなければならなくなる。それでもいいではないか、私たちは遺産などはあてにしていない、お父さんお母さんで全部使い切ってしまってかまわない、とも子どもたちは言う。
しかも、今のわが家の近くには知人、友人などは亡くなるか、子どもたちに引き取られるかて、付き合っている人もほとんどいなくなっている、何でここにこだわるのだ、こうも子どもたちに言われる。
たしかにそうかもしれない、この住宅内でまともにつきあっている家はもう二戸だけとなっている、しかも今はともに高齢化で往き来もできなくなっている、店舗もなくなって買い物も不便になっている、もう時間の問題、やがてはポツンと一軒家のように孤独になってしまう、こうも私の娘たちに言われる。
それでも家内は、いやだ、仙台から、いや仙台の今住んでいるここから離れたくない、敷地は50坪で近隣の2倍以上あり、家屋は2階建ての25坪、広くまた頑丈に、しかもバリアフリーで立てられており、まだまだ十分に使えるし、この家に死ぬまでこのまま住んでいたいと言う。
一方、この前行ってきた東京の施設の方はわずか2部屋、あなたの書籍・研究資料などおく場所もろくになく、台所や風呂などもきわめて狭く、台所用品やこれまで集めてきた陶器・漆器など食器棚、絵や書、こけしや人形などの飾り物もろくにおけない。
私たちが設計をしてつくった家、あの大地震に遭ってもいまだひぴ一つ入っていない家、思い出の詰まったこの家、10分ごとにバスが通って街に行くのも便利でありながら自然にも恵まれているこの屋敷、庭に植えた植木、四季折々の花を楽しみ、少なくなってはいるがまだ訪れてくる蝶々、セミ、トンボ、コオロギ、鳥たち、私たちが近付くと餌を求めて集まってくる庭の池の金魚等々に癒やされる日常、これを手放したくない。
そして家内はまた言う、残された短い命を今の家で送りたい、ここで死にたいと。
もちろん、私も同意見だ。
そう言うと子どもたちはこう答える、物置を借りてそこに荷物を入れておけばいいではないかと。また、5階に住むのだし、ベランダも広いので、これまでの庭にあった椅子・机をおいて景色を楽しみながら鉢植えやお茶(夏の夜のはビール)を楽しめばいいだろうと。
付け加えてこうも言う、かつて楽しんでいた庭の手入れや草取りなどもできなくなってきているではないかと。
剪定等は植木屋さんに頼んでいるが、草取りなどを頼むわけにはいかない。
日本の中耕的風土=農業生産に恵まれた風土がこういうところでは裏目に出る。
さらに家内の場合は歩けなくなってきている。炊事も大変になってきている。ときどき火を消し忘れ、火災報知器が作動したりもする。やはり「だめなよう」なのだ。
それで娘たちは、今私たちの住んでいる地域の福祉担当者や私たちの面倒を見てくれているケアマネージャーなととも相談し、昨年の晩秋、仙台のこの家を引き払って、娘や孫たちの住む東京郊外の近くの町にある有料老人ホーム「介護施設付きマンション」なるものに入居させることにした。
もちろん私たちはそんなことはしたくない。
しかし、何かあるとすぐに仙台まで新幹線か自家用車で飛んでくる、そして絶えず私達のことを気に掛けている娘夫婦や息子夫婦、孫たちにこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。やむを得ないだろう、家内もそれは考えている。
まあこれもしかたがないか、娘たちの勧めにしたがおうかと言った途端、施設の職員やケアマネージャーが東京から仙台にやってきた。そして今私たちがいつもお世話になっている地元仙台のケアマネージャーなどとともに、東京の施設に入所することを前提に話しを進めた。
あっという間だった。行くことになった。私たち夫婦は呆然として聞いているだけだった。家内などは「何が何だかさっぱりわからず」という感じだった。娘がとんとんと話を進めていった。私は東京行きはまだ遠い話、予約だけするのだろう、まあそのうちそうなるのかという感じで聞いていた。
ところが何とそれがこの2月ということだったのである。もう話しについていけない、これもまあ、「ぼけ」の進行ということなのだろう、「だめなよう」どころか「もうだめ」なのである。
そして今、わが家は引っ越し騒ぎでてんてこまいである。
とうとう私たち、この年令になって、生まれ育った東北の地を捨て、かつての若者の「あこがれの東京」に住むことになってしまったのである。
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