(440)静かに進行する「知の職人」の危機【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年6月20日
誰も気づかぬうちに、次世代へ継承すべき「知と技術」が危機に直面しています。
「知の職人」。ここでは「知の職人」として学問や技術の基礎的トレーニングを訓練・習得中の大学院生を想像するのがわかりやすい。
例えば、人文・社会科学・自然科学の全分野を合わせ、近年の日本では年間約1.5万人の博士が誕生している。これがいわば職人として「のれん分け」された段階と見れば良い。推移を見ると2006年のピーク時の1.8万人からは約3千人の減少である。
実は、大学進学率が6割弱に達した現在の日本でも、学部から大学院に進学する割合は全体の1割にすぎない。理学や工学では3~4割が大学院に進学するが、人文・社会科学分野ではいまだ5%程度である。
「知の職人」予備群の大学院生27万人の内訳(学生数)は、修士あるいは博士前期課程が約17万人、博士後期課程が約7.5万人、専門職学位課程が2万人である。そして、約7.5万人の博士後期課程の大学院生のうち、農学分野は3千人程度である(文科省「学校基本調査」)。
さて、このままの状況が続けば何がおこるか。少し立ち止まり考えてみたい。余り悲観的なことは述べたくないが、それでもいくつかの懸念が頭をよぎる。例えば、動物や植物の新品種の開発・改良には膨大な時間と労力、そして何よりも技術が必要である。また、社会科学分野においても、農業政策や農業経営の基礎データを正確に収集・分析することができる人間がかなりの速度で減少する可能性が見える。
食料・農業分野では、以前から農家の減少や高齢化が問題とされてきた。それに加え、大学院という知的インフラにおいてですら海外に依存する可能性すら垣間見える。その依存が「一時的な補完」ではなく、「構造的な依存」に変化しつつある。「再生産可能な○○」という表現は、農業生産でよく用いられる。しかし、今や知識や技術を担う「知の職人」の再生産も危うくなりつつあるのではないか。
もしかすると近い将来、「なぜ、誰も新しい品種を育てられないのか?」、あるいは「なぜ、誰も農地制度の詳細を理解していないのか?」などという声が、各所であがる未来が現実になるかもしれない。
農業に限らず、知識や技術は自然には継承されない。長期的視点と一定の「意識」を持ち、時間をかけて次世代に伝えていかなければ消滅する。そして一度、空白ができると、その復元には少なくとも10年単位の時間と労力がかかる。
現在、全国の農業系大学の大学院には海外からの留学生も多い。日本の技術や知恵を学びに来ているという点でも、そして大学側から見れば少ない大学院進学率を補うという点でも有難い存在であろう。今のところ、伝える側の教員の多くはまだ日本人だが、世代交代の後、知識や技術は国内外のどこで活用されるかはわからない。
この問題は農業分野に限らない。例えば、鉱山・資源工学や原子力工学なども一時期に比べ専攻する学生数は大きく減少している。また、哲学や古典文学なども同様である。古典など関係ないと思うかもしれない。だが、冷静に見れば、わずか150~200年前に記された自国の歴史や文学ですら書かれている文字を正確に判読できないということの異常さに気が付く必要がある。
要は、現代日本がこれまでに蓄積してきた知識と技術を誰が受け継ぐのかという視点での包括的なアプローチが必要ということだ。
農業分野で言えば、現職の農家だけでなく、教育現場の再設計(年間卒業生の約半数が就農する各県の農業大学校と各地域の国公立大学との戦略的な提携による知識と技術の移転、また、農業高校、地域の行政などとの連携)、企業との連携(JAや農業法人、その他民間企業など)、そして「知の職人」修行支援の充実(奨学金)など、各々の立場で「何を、どのように守り、伝えるのか」を考える必要がある。
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