見られない鳥の姿、聞かれない虫の声、食べられないイナゴ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第358回2025年10月2日
この夏、東京で、しかも入院先で、セミの声を聞くことができた、残念ながらアブラゼミだけ、この数年仙台のわが家(旧宅になってしまったが)でも聞けなくなりつつあった(ヒグラシ、ツクツクボウシは10年位前から)のだが、やはりここでも聞けなかった(8月の3週間の入院のため私が聞けなかったのならいいのだが、ホームに在宅していた家内も聞かなかったとのことだ)。
3月始めに東京に転居することになり、しかもその東京はビル・新興住宅街のど真ん中、鳥や虫の声や姿に期待するわけにはいかない。
スイーッと目の前を横切る燕はもちろん、当たり前に見ていた電線にずらりと並んで止まり、羽を休めている雀、しつこく人間の暮らしにたかろうとする烏すらまだ見ていないのである。仙台でも見られなくなりつつあったのだが。
ところがである、今から十数年前、そうした仙台のわが家に白鷺(しらさぎ)が飛んできて、隣の家の屋根に止まるようになったのである。
初めて見た。網走にいるころはよく見たし、中四国地方に行ったとき田んぼに白鷺がいたのは見たことがあり、宮城県北の沼に飛来するのは見ているが。私の生まれ故郷の山形市では見たことがないのにである。
なぜ山形にいないのだろうと思って父に聞いて見たら、昔は山形にもたくさんいたものだった、今はいなくなったがと言って笑う。そしてこんな話をしてくれた。
大正時代頃まではすさまじく白鷺がいて、近くの八幡神社の大きな太いクヌギの木に巣をつくって何百羽となく棲んでいたものだった、その糞で木は枯れ、悪臭と鳴き声で近隣の人は大迷惑だった、
頭に来た近隣の青年たちがどこからかこっそりと火薬を手に入れ、日中、鷺がエサ取りに行っていないときに樹の上に昇り、爆薬をしかけ、真夜中にそれを爆発させた(今なら大問題になるところだろうが)、これでほぼ全滅、生き残った何羽かは二度と来なくなり、それから白鷺は見られなくなった、近隣のみんなそれでホッとしたものだったと。なお、青年たちはそれで捕まらなかった、警察は知らん顔、捕まえようともしなかった。
それを聞いたとき思わず笑ってしまったのだが、そんなことからだろう、私は見たことがなかったのである。
それが何と、こんな近くで白鷺を見る、初めてだった。何で飛んで来たのだろうと思って見ていたら、突然隣家の屋根からわが家の庭にある小さな池に降りて来て、飼っている金魚を食べようとし始めたではないか。びっくりして大声を出し、石をぶつけて追い払ったが、それを聞きつけた斜め後ろの家のご主人が現われ、実はわが家の池の金魚は半分以上やられた、大丈夫だったかと言う。
そこでやむを得ず金網を買ってきて池の上に張り、白鷺の攻撃を防ぐことにしたのだが、きれいな姿態にだまされていた自分に笑うより他なかった。
でもまあ、都市化の進展に負けずにいまだに白鷺がいる、自然が残っていると喜ぶへきだったのだろうが。
あのとき以来、白鷺を見たことがないのだが、今もあの白鷺の子孫があの地域で生き延びているのだろうか。
もう一つ、仙台の旧わが家では「ブッポウソウ」という鳴き声も聞こえてきたものだった。「仏法僧」という鳥がこの近くの森に棲んでいるのだ、と思ったら、実際に「ブッポウソウ」と鳴くのはフクロウの一種であるコノハズクなのだそうである。これは見たことがない。仏法僧の本当の声は「ゲッ、ゲッ、ゲッ」と啼くのだそうだが、そのような声も聞いたことがない。したがって私は仏法僧の声は聞いたことがなく、つまり旧わが家の近くにはいなかったということになるのだろう。
ところでこの春=東京の春は鴬の声も聞くことができなかった。仙台の旧わが家では春にはホーホケキョ、夏には鴬の谷渡りのケキョケキョの声を楽しめたのだが。
この鴬、どこか近くの家で飼っているのだろうと思うくらい近くで大きな声で鳴いていたのだが。その声が聞けなくなったのも淋しい。
嫌われ者の烏がいないのはいい。
しかし、夕焼け空を高く飛んで巣に帰ろうとする烏の姿、なつかしい子どもの頃を思い出させる、
「夕焼け小焼けで 日が暮れて--(中略)--
烏といっしょに 帰りましょう」(注1)、
「烏 なぜ鳴くの 烏は山に
かわいい七つの 子があるからよ--(後略)--」(注2)
こういう歌が今の子どもたちに引き継がれているのだろうか、あまり聞かなくなったのが淋しい。
やむを得ない、家内と二人、今のわが家の上をときどき上昇、下降する飛行機に向かって六階のベランダでこれらの歌を歌って、その昔をなつかしく思い出すことにするか。
ヒバリの声、何年聞いていないだろう、その昔は今私の住むこの地域に広がっていた麦畑、麦畑の空高く飛んでいたことだろう、赤トンボ、初夏に六階のわが家のベランダで見たのは幻だったのかどうか、この秋にぜひ姿を見せてもらいたいものだ(でもいまだに見ていない)。
「あれ松虫が 鳴いている
チンチロチンチロ チンチロリン
あれ鈴虫も 鳴きだして
リンリンリンリン リインリン
秋の夜空を 鳴き通す
ああ面白い 虫の声」(注3)
コオロギでいい、子どものころ、うるさいほど鳴き、私には子守歌だったその鳴き声、もう一度聞かせて欲しい。
しかし自然を破壊してつくられたこの「大都会」では無理というもの、ましてや今私は六階に住んでおり、たとえ鳴いていたとしてもここまでは聞こえてこないだろう。
虫の世界とも縁が切れてきた、そのうち人間さまとも縁が切れるようになってくる、ということなのだろう、もうあきらめよう。
イナゴ、鳴かない虫だが、秋近く田んぼを歩くとイナゴがガサゴソと逃げ隠れする音がうるさく聞こえる、もうすぐ稲刈りのいや子どもたちにとってはイナゴ取りの季節だ。
仙台に住んでいた昨年までは生協でそのイナゴの佃煮を買ってきておいしく食べていたのだが、今住む介護施設の近くのスーパーでは売っていない、生まれて初めてイナゴを食べずに年を越すことになるのだろうか、このまま食べないであの世行きとなるのだろうか。
淋しい、というより悲しい。こうしたことが戦前生まれの、田舎育ちの「東京人」の嘆きなのだったのだろうが、それより何より近年の物価上昇、今の年金でこれから暮らしていけるのだろうか。こんなことを考えつつ、深まりゆく東京の秋を過ごしている外出禁止の病い持ち老人の今日この頃である。
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