【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】『令和の米騒動~食糧敗戦はなぜ起きたか』発刊2025年10月2日

「預言書」とも評された『食の戦争』から12年、ついに後継書が10月17日に発刊される。枝葉ではなく、また、事象を曲解して攻撃のためのストーリーをつくるのではなく、根底にある根本問題を直視し、その解決を急ぐことが日本の農村コミュニティと国民の食を守る道だと思う。
コメはなぜ高騰したのか。その原因を端的に言えば、需給が逼迫したからだ。そのとおりだが、本当に考えなければならない問題は、需給が逼迫した原因は何なのか、にある。
本質は巷間言われている猛暑の影響やインバウンド需要といった「不可抗力」ではない。明確な見通しもないまま強化されてきた「減反」政策と、「安すぎる米価」で農家を追い詰めてきた小売・流通業界と消費者にも、そして、それを放置してきた国にも責任がある。
政府は、「コメは足りているが、流通で目詰まりを起こしているだけ」として矛先を流通業者や農協に向け、間違った主張を変えず、「25年産の新米の作付けは増やさなくていい」と指示を出した。コメが足りないのなら増産させなければいけないし、作りすぎて値段が下がったら国が補填する政策を打ち出せばいいのに、メンツと財政の制約を優先したのだ。
情報に通じる集荷業者は、2025年もコメ不足が解消しないとお見通しだった。田植えよりずっと早い3月頃から、集荷業者間で「青田買い」どころか「茶田買い」と言われる集荷競争が繰り広げられ、春先から、かなりの高値で秋の新米の契約が農家との間で進みだした。だから、筆者も新米価格が4,000円超えになる可能性を繰り返し述べてきた。実際には、猛暑と少雨の影響もあり、想定以上の高値が新米につく事態となった。
農林水産省の渡辺毅事務次官も、自民党農林部会の会合に出席して、「コメは足りていると申し上げてきたが、誤っていた」と謝罪し、需給の見通しを間違えたことがコメ不足を招き、価格高騰の原因になったという認識を示した。認めたのはよしとして、頭を下げる相手は自民党の議員でなく、国民ではないのか。それに、そもそも農水省に責任を押し付けているが、政治・行政全体の責任ではないのか。
石破首相はまた、「耕作放棄地の拡大を食い止めるとともに、輸出の抜本的な拡大に全力を挙げる。収穫量が増えて米価が下がったら、輸出に回す」と話したが、短期間に簡単に輸出を大幅に増やせるわけはないから、増産したら価格が暴落して農家は潰れてしまう。
石破首相は「水田政策を根本的に見直すのは2027年度」と語ったが、悠長に構えている時間はない。その前に農家が潰れてしまう。コメの生産者に必要な適正価格と、消費者が望む適正価格の間にギャップが生じている。その差を埋める政策を早く実現しなければ、間に合わなくなる。
実は2020年以来ずっと、単年で見ると、コメの生産量は需要量に達していない。需要にギリギリ合わせようとする生産調整、水田を畑地化すれば一時金だけ支払うという「田んぼの手切れ金」制度の導入に加え、稲作農家の疲弊が進んで生産力が落ちてきているのが主な理由だ。稲作農家の年間所得は、驚くなかれ1万円だ(2022年)。時給に換算して10円にしかならない低所得に追い込まれ、生産の縮小や廃業が増えたため、需要を満たせなくなっているのだ。一刻も早く農家の疲弊を食い止め、安心して増産できる稲作ビジョンを提示することが急務だと、筆者は繰り返し述べてきた。
一方、秋以降に需給が緩んで下落に転じる可能性も指摘されている。このチグハグな事態の改善には農家の疲弊の解消と併せて需給安定機能の強化が不可欠だ。豊凶変動が大きい農業で、生産での調整には限界がある。猛暑の影響も強まる中ではなおさらだ。これまで農家も農協もよく頑張った。それでも米価は下落し続けて農家は苦しくなった。
これからは生産調整でなく「出口調整」の仕組みの強化が不可欠だ。1つは備蓄用や国内外の援助用の政府買上げ制度を強化し、買上げと放出のルールを明確にして需給の調整弁とする。さらに、米のパンや麺、飼料米、米油で、輸入の小麦・飼料・油脂類を代替する需要創出に財政出動する。
そして、一番重要なのは、消費者と生産者の適正米価のギャップを埋める直接支払いによって消費者には高すぎず、かつ、農家は経営を継続・発展できるセーフティネットをつくることだが、農家へのセーフティネットの中身を問われて「コストダウンとスマート農業と輸出」と答えた政治家もいるが、意味が理解されていない。このままでは稲作の衰退が止まらず、中長期的に米騒動が繰り返すことになりかねない。
今こそ、①麦や大豆の生産振興も必要だから転作奨励金は維持し、米については、用途を問わず、2.2~2.5万円/60kgと市場価格との差額を補填し、何をどれだけ作付けるかは現場の判断に委ねる、②米の政府在庫は、米価が1.5万円を下回ったら買入れ、2万円を超えたら放出するといったルールを明確にして運用する、というような具体的な数値に基づく詳細な政策枠組みの提示が急がれる。
ここまで日本の農業を支えてきてくださった農家の人たちの踏ん張りこそが未来の希望だ。消費者のみなさんの力も欠かせない。「世界で一番過保護だ」などと嘘をいわれ、本当は世界で最も競争にさらされながらも、ここまで踏ん張ってきた日本の農家のみなさんは、精鋭中の精鋭だ。農家の踏ん張りこそが子どもたちの未来を守る希望の光だ。誇りと自信を持って農家も頑張るので、消費者のみなさんも一体化し、そして、協同組合、市民組織、関連産業、医療界、教育界、政治・行政のみなさんなどが総力を結集して、みんなで作ってみんなで食べる。「飢えるか、植えるか」――飢えないようにみんなで植えるんだ――そういう運動を展開し、全国津々浦々に地域内循環を基礎にしたローカル自給圏を構築するうねりを起こそう。筆者は毎日のように講演などで全国各地にお邪魔しているが、そのうねりが大きくなりつつあることを今実感している。
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