(459)断食:修行から管理とビジネスへ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年10月31日
スマホのアプリで「断食」を管理する時代になりました。今週はこの意味を考えてみましょう。
多くの宗教において「断食」や似た活動の存在はよく知られている。例えば、イスラム教ではラマダン(イスラム暦の第9月)に断食が行われる。この期間は日の出から日没まで、飲食・喫煙・性的行為などが禁じられている。キリスト教では、復活祭前の約40日間が四旬節(レント)と呼ばれ、肉や乳製品などを控え節制に努める期間とされている。
仏教では宗派により異なるが、例えば、半日のみ食事をとり、半日は断食をするようなケースがある。ヒンドゥー教やユダヤ教などでも、それぞれ特定の日や時間などに一定の食事や活動の制限を定めている。
興味深いことに、これら多くの宗教に見られる「断食」の目的は概ね似ている。簡単に言えば、自己浄化と精神修行である。
一定期間、食を断つことで身体を清めるだけでなく、世俗の欲望の抑制を意図している。断食で身を清め、心の中に蠢く様々な欲望を抑制し、神聖な存在との結びつきを深める。同時に、自分や自分を取り巻く環境を再認識し感謝の心を取り戻す機会として行われてきたと考えられる。
さらに、同じ宗教を信じる人が集団として同じ時期に「断食」することで、共同体としての一体感を養うという儀式的側面も重要である。
こう考えてみると、宗教活動の一環としての「断食」は、自己浄化・精神修行・共同体の一体感醸成など、複数の意味があることがわかる。これが従来の「断食」である。
では、現代の「断食」にはどのような意味が付加されてきつつあるのだろうか。
最近の「断食」、とくに日本を含めた先進国における「断食」の現実は大きく様相が異なる。簡単に言えば、アルゴリズムによる管理、そしてビジネスのための「断食」に変わりつつある。
食事の都度、携帯で写真を撮り、それをアプリに登録する。そこから健康管理が始まる。これは宗教とは何ら関係がない。科学的に健康と考えられる状態を目指すための数値による自己最適化である。
アプリに対象の写真を登録すれば、タンパク質、脂質、炭水化物などの栄養素だけでなく、カロリーや、微量要素はおろか、その日に何をどれだけ食べて良いか、いけないかまで詳細な指示が即座に表示される。やや皮肉めいた言い方になるが、食欲という生物の基本的な欲求をデジタル・テクノロジーの判断に委ねる訳だ。
そこまでいかなくても、文化や習慣としての「食」そのものが、理想的とされる状態を維持するためのパフォーマンスのような形に転換しているのかもしれない。その背景には、当然のように、携帯やウェアラブル端末を通じて大量の個人生体データが集約されているという現実がある。
そもそもある時点で個々人が何を食べるかは、純粋な食欲に基づく独立した活動である。ところが、その内容が大量に電子データとして蓄積され、操作可能な形に整理されると、全体は次の段階に移行する。生体データの商業利用である。
この段階になると「健康になりたい個人」や「全体の中での自分の立ち位置を知りたい個人」とデジタル・データを管理し、商業利用する組織との間に微妙な緊張関係が生じることになる。より詳しく知りたければ「課金」が求められるからである。
信仰と断食、信仰と健康、食のデータと管理、食のデータとビジネス、食の個人情報とビッグ・データの商業利用など、現代社会にはこれまでとは異なるさまざまな接点が出始めている。
たまには週末一日くらい、何も食べずに過ごしてみても良い。連日働いている消化器官を休ませながら、現代社会で個人の食事データがデジタル化されることの意味を少しだけ考えてみても面白い。
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