【浅野純次・読書の楽しみ】第117回2026年1月16日
◎鈴木宣弘『令和の米騒動』(文春新書、990円)
今年も米騒動は再現されるのでしょうか。火種はくすぶったままであり、乱高下いずれも安心はできないようです。コメ問題の本質をしっかり認識しておくためにも、本書を熟読する必要は大きなものがあると思います。
喧伝された流通にではなく農政の失敗に米騒動の原因があると著者は断言します。つまり長年の減反政策が招いたコメ不足と農家の疲弊こそが元凶だというのです。そこでは農水省の責任は大なるものがあるとされる一方、予算に大ナタを振るってきた財務省も厳しく糾弾されます。
その点では農業を大事にする欧米に学ぶことが具体的に提唱されますが、日本はなぜ食料安保がこれほど軽視されるようになったのか、歴史的、構造的理由が考えられますが、本紙などで多面的な一大キャンペーンを期待したいものです。
それはともかく、本書は米騒動にとどまらず、農業の本質に関わる多様な視点が散りばめられていて、大いに参考になります。消費者と農家の満足が両立するための提言など説得力十分です。
中学社会の教材として活用してはどうかなどと思いながら読了しました。若者が農業を学ぶのは大事です。親子で読む「家読」にもお勧めしたい。新書ですが読み応え十分です。
◎田中ひかる 『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中公文庫、902円)
日本初の女医といえば荻野吟子ですが、本書の主人公高橋瑞(みず)も吟子と1歳違いの1852(寛永5)年生まれ。女医としては日本で3人目でしたが、同世代で苦闘した同志には生澤久野(くの)もいました。
何しろ女性が医学を学ぶことを許されない時代でした。それでも済生学舎(現日本医科大学)の校長に直訴するため校門で待ち続け、とうとう5日目、入学が許可されたエピソードなど、瑞の向学心は今の世で見ることは難しくなっています。
でも入学すると男子学生からからかわれ、嫌がらせをされ、気の弱い女性なら耐えられないひどさでした。世間の目をはばかり吟子などは目立たぬよう男装して通学したのですが、瑞は貧乏で当初は男装の着物を買うこともできなかったとか。
そうまでして助産師(当時は産婆と呼んだ)にとどまらず医師を目ざした女性群像が入れ代わり立ち代わり登場して物語としても十分楽しめます。なぜそれほど医師になろうとしたのか。医の真髄が語られて心打たれます。
◎石川英昭『幸せな老衰』(光文社新書、1012円)
老衰に幸せも不幸せもないと思う方には手が出にくい書名でしょうが、大丈夫です。
まず老衰とは何かですが、「体と心が衰えていく過程」ということなので、当然、高齢者は対象です。ただ著者は「老衰の夜明け」「老衰の盛り」「老衰の黄昏」の3時期に分けて解説しており、私はそれぞれ40代、60代、80代と考えて読みました。だから中年以降は誰もが老衰と無関係ではありえないのです。
最も興味深かったのは「夜明けの時期を丁寧に過ごそう」の章でした。几帳面な生活を、朝食を大事に、体を動かそう、十分な睡眠を確保しよう、つま先の健康を守ろう、毎日をシャキッと、など何歳の人でも大事そうな提案が並んでいます。
「黄昏期」向けには含蓄に富む話がたっぷりで、自分と親、双方に役立ちそうな実例が並びます。というわけで単なるハウツー本ではない、看取り医としての経験に裏付けられた老いへの該博な参考書となっています。
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