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(478)大人の「卒業」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2026年3月27日

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 春の卒業式シーズン、街中では学生たちの嬉しそうな顔が輝いています。

 幼稚園・保育園から小中高、そして大学に至るまで、卒業は社会で共有された儀式として我々の生活に深く根付いている。とくに、子供から青年期にかけての卒業は、いわば制度的に区切られる。その仕上げが高校や大学の卒業式である。

 興味深い点は、子供から青年期の卒業が強制性を伴うのに対し、大人になるとその縛りが緩くなる点である。大人の卒業は中途退社・転職など、自己決定に委ねられる。その結果、何が起こるかと言えば、自発的に区切ることが難しくなるケースが少なくない。

 これは個々人のレベルでは様々な事情があるため一概には言えない。ただし大別すると現代の大人が卒業「できない」事例には以下のようなパターンがあるかもしれない。

1. 会社・組織を卒業できない
会社に限らず組織に長い期間所属すると、それが自分のアイデンティティになる。よく言われる名刺・肩書依存もその一例である。勤務期間が長くなればなるほどその意識は強くなる。本人も回りもそろそろ卒業かと感じていても...という点が実に難しい。

2. SNSを卒業できない
これは現代的な卒業問題である。SNSの普及は情報伝達を加速させたが、同時に人間の心の底に潜む承認欲求も他者からの「いいね!」の数などにより、これまで以上に見えやすくなった。さらに、その世界に長く浸ると膨大な過去ログや写真が蓄積される。これをある段階で一気に断捨離するのは物理的以上に心理的な離脱コストが高い。

3. 過去の自分を卒業できない
人は年齢と経験を重ねるほど、成功体験が蓄積される。実は失敗体験の方が多いのかもしれないが、それらは都合よく記憶の底に埋もれがちになる。その結果、いつまでも「あの頃」の意識で物事を継続してしまう。

 この他にも現代的な卒業に相当するものはいくつか考えられる。代表的なものは各企業が備えている「定年」であろうし、広い意味では転勤・転居なども同様かもしれない。これらに共通しているのは、子供の卒業は強制的な儀式だが、大人の卒業は外部装置(制度や儀式)が無いとなかなか機能しない点である。

 ところで、この社会的儀式や制度が近年では曖昧化している。大学の卒業まではまだ従来型が継続している。だが、少子高齢化の影響もあり、実社会では定年延長や定年後の再雇用など、キャリア制度そのものの区切りが以前ほど明確でない。寿命が延びたこともあり現役と引退というような形での境界の曖昧化が進展している。もちろん、その背景には個々人の経済的な事情もあるであろう。

 ここで視点を広く取ってみたい。日本社会全体を巨大なシステムとして見れば、そのシステムが動くためには、いつまでも働くことを求める圧力のようなものが常にかかるのではないか。実はそれが大人の卒業を曖昧化している原因かもしれない。

 やや見方を変えれば、卒業とは、人生を区切り、次の段階へ動くために必要なある種の「技術」とも考えることができる。同じ場所に留まるのではなく、各自が自主的にそれまでの会社や組織を次の世代に託すという「技術」である。

 もっとも現実問題としては、自分で「ここまで」という区切りをつけられる人と、形は少々変えてもとにかく出来る限り同じ動きを継続したい人に分かれるであろう。ここまできたら自分の選択を信じるしかない。

 社会に羽ばたく卒業生たちの顔を見ながら、そんなことを考えた春先である。

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