JAの活動:【第29回JA全国大会特集】コロナ禍を乗り越えて築こう人にやさしい協同社会
【提言】「農業は国益」政府は肝に銘じ 京都大学大学院工学研究科教授・藤井聡【第29回JA全国大会特集】2021年10月25日
JA全国大会に向けて京都大学大学院工学研究科教授で社会情勢にも詳しい藤井聡氏に寄稿してもらった。藤井氏は今の農業情勢の中で、諸外国の動向を見ても「食料安全保障確保のために、コロナ禍による農家の損失所得を徹底補償するべきだ」と提言する。
京都大学大学院工学研究科教授
藤井聡 氏
写真:内閣官房HPより
日本経済がどれだけ疲弊しようが、エネルギーの輸入が途切れようが、食料さえ自給できていれば、とりえず生きていくことができる。そしてその一方で、どれだけ経済が強くても、食料が途絶えれば国民は生きて行くことすらできなくなってしまうからだ。
したがって、「食料安全保障」、そしてそのための「食料自給率」の向上は、あらゆる国家における枢要な国家政策に位置づけられている。
無論この現代社会で、餓死者が出るような事態となれば国際社会が人道支援を図る可能性は十分にあり得ることだし、経済力(つまりカネ)さえあるなら、余程の事が無い限り最低限の食料調達は可能であろう。しかし将来、世界的な干ばつや大火山噴火などで世界的に深刻な食料不足が生じないとも限らず、食料供給国と外交的、軍事的な緊張が高まる可能性が無いとも限らない。
そんな時に食料自給率が低ければ、最低限の食料を確保するために、日本が持つ膨大な国家資産を支払わなければならなくなる。仮に「カネ」だけで解決できるのだとしても、その時に必要な「カネ」は莫大な水準となる。しかも食料は常時求められるものなのだから、そんな支出増は一過性でなく、半永久的に求められることになる。仮にカネの支出が不要であっても、「食料を買い続けなければならない」という事態が、外交上の大きな弱みとなる。
つまり、食料自給率が低ければ、(1)国民の健康と生命が守れなくなるリスクを負うばかりで無く(2)持続的な海外への支出拡大とそれを通した日本のデフレ不況拡大の巨大リスクを負っていると同時に(3)海外の食料供給国達に将来日本を脅すのに使えるかもしれない巨大な「外交カード」をタダで配り歩いていることになるのである。こうした背景があるからこそ、食料自給率問題はあらゆる国家において、安全保障の根幹を成す問題と位置づけられているのである。そしてこのコロナ禍においても、各国政府は、農家に対するダメージを癒やすために徹底的な所得補償を行っているが、それは食料安全保障の確保が国家の最重要課題でもあるからだ。
◆「食料自給率」の向上は、平時における「経済成長」のためにも不可欠
ただし、そんな「有事」が仮に永遠に訪れぬとしても、食料自給率はやはり向上せねばならない。それはそこには純粋に「マクロ経済学的な理由」があるからだ。
そもそも国民が生きていくためには、所得が必要でありそのための産業が不可欠だ。
そして、産業が成立するためには「需要」が必要だ。
しかし、「需要」は無尽蔵にはない。人間は食料を無限に食べ続けることができないし、クルマを何百台も買い続けることもできない。
かくして私たち国民は「限られた需要」を効果的に「活用」しながら、調和ある産業を保護・育成し、十分な「雇用」と「所得」を効果的に創出し、維持していくことができてはじめて、幸せに生きていく事が可能となるのである(しかもそれは、さらに「需要」を拡大するというポジティブなフィードバック効果をもたらすものでもある)。つまり、人間という生物は、「限られた需要」を「餌」として、皆で分け合いながら細々と生きていく集合動物のような存在なのである。
こう考えたとき、「需要」というものは、国民が生きていく上での貴重な「資源」だという実態が浮かび上がる。
そしてそんな貴重な「需要」の中でも、とりわけ本源的なものこそ「食料需要」なのだ。
人間はもちろん、何かを食べていかなければ生きていけないのだから、日本には日本人の数に見合った、膨大な食料需要がある、という次第だ。だからこの「食料需要」は、日本の産業育成、雇用と所得の創出にとって極めて「貴重な資源」なのである。
ところが----食料自給率を低いまま維持し続けるということは、この貴重な「食料需要という資源」を、さながらドブに捨て続けるような話なのだ。せっかくその貴重な資源を使って日本国民の雇用や所得を提供することができるのに、それを活用せずに外国人たちに「くれてやっている」のである。
そもそも、我が国は「需要不足」ゆえの「デフレ不況」にこの20年間苦しめられ続けている。だからデフレ脱却のためには、需要創出が是が非でも求められているのであり、それこそがアベノミクスが今、取り組もうとしている内容である。そうである以上、食料自給率の「向上」もまた、アベノミクスの成長戦略の一環に組み込むべきものなのである。
実際、日本の食料自給率が低いが故に、大量の「農産物」を輸入している。その輸入額は、まさに「世界一」だ。農産品の純輸入額(輸入と輸出の差額)は、平成27(2015)年時点で約6.2兆円、水産品の純輸入額は同時点で1.4兆円だ。つまり日本人は今、自分たちの食料を自分では作れないからと言って、毎年毎年「約8兆円」もの大枚をはたいて外国の漁師や農家の雇用創出と所得拡大にせっせと貢献しているわけだ。
もし、この8兆円もの大枚を、国内産業に振り向ける事ができれば、国民所得はトータルで(最低でも)8兆円も増加することになるし、乗数効果(誰かが1億円のカネを使えば、その国のGDPはそれ以上に増加する、と言う効果)を勘案すれば、少なく見積もっても10兆~15兆円程度の「国民所得」が増えていたはずだ。つまり、食料自給率が低いがために、日本の国民所得が縮小し、成長率が2~3%程度縮小してしまっているのが実態なのである。
なお、今の日本の「農業」の国内総生産(GDP)は平成27年時点で4.7兆円、「水産業」のそれは0.7兆円、したがって、両者の合計は5.4兆円という水準。ここで、純輸入額と農水産業GDPの合計値を「農水産物内需」と呼称するなら、この「農水産物内需」に占める国内供給率、つまり「農水産物内需に対する自給率」はわずか41.5%に過ぎない、ということになる〈=5.4兆円/(5.4兆円+7.6兆円)〉。
少々煩雑な数字が多くなってしまったが、簡単に言うなら、輸入を減らして国内での生産量を増やし、農水産業における経済的な「自給率」を100%に近づけていくことができるなら、結果的に、10兆円から15兆円もの巨大な経済効果が期待できるのであり、それを通して日本は2~3%程度さらに成長することが可能となるのである。
つまり、食料自給率の上昇という取り組みは、「まさか」の時の有事対応としての安全保障のために求められているだけでなく、平時における経済成長の視点からも10兆~15兆円規模という巨大な水準で求められているのである。
だからもしも本当に国益を考えるのなら、日本人は食料自給率の向上をもっと真剣に考えるべきなのである。逆に言うと、日本人が国益などに頓着しない愚かな民族であればある程に、食料自給率などに目もくれなくなる。そしてまさに自給率4割という我が国の状態は、そんな後者の状況に置かれている事を、遺憾ながらも暗示しているのである。
◆「食料自給率」の向上は公益に叶う。だから世界の常識では、農業は「半政府事業」
この様に、食料自給率の向上には、有事/平時を問わず重大な意味を持つことから、多くの国で、その自給率向上に向けて大量の「国費」が投入されてきている。例えば米国やスイスは、農業産出額の年間総額に対して、実に6割以上もの水準の農業予算を政府が支出している。英国やフランスにおいても、その割合は4割以上となっている。 つまり、農業という産業は、半分前後が「国費」によって支えられているのであり、要するに農業は半分程度は「政府事業」なのであり農業従事者は半分程度は「公務員」のような立場にあるというのが一般的な先進諸国の常識なのである。
ところが、我が国の農業算出額に対する政府支出は、僅か「27%」しかない。それは英国、フランスの3分の2、スイスや米国の4割程度という貧弱な水準だ。
それだけ貧弱な政府支援しかなければ、食料自給率が低くなるのも当前である。我が国の自給率(カロリーベース)は僅か4割だが、これは、これら諸外国の中でもとりわけ自給率の低い(アルプス山中のため農地を作りにくい)スイスと比べても7割程度、英国に比べれば約半分、フランスや米国と比べれば3割程度しかない。
これは極めて深刻な国家的問題だ。ましてやこれから日本は日欧FTAやTPPなどを通して、これら諸国と激しい国際競争を果たそうとしている矢先なのだ。それだけ手厚い政府補助を受けた国々の農家と、貧弱な保護しか受けていない我が国の農家がさらに激しい自由競争をすれば、日本勢が大敗することは火を見るよりも明らかだ。自由貿易を進めるのだと息巻くのなら、我が国においても欧米並みの政府支出の拡充がなされるべきものであることは論を待たない。
それができないのなら、合理的な関税水準を維持し続けるべき事は論を待たない。
そして、このコロナ禍における農家に損失所得の徹底補償も先進諸外国と同様徹底的に拡大すべきである。
こうした点も含めて、我が国の農を巡る財政、そして関税水準が、諸外国と同程度の水準に至らねば、我が国は食料安全保障は確保できるどころか、このコロナ禍を通してさらに劣悪化していく他ない。大局を見据えつつ、長期的国益を確保するための理性と覚悟を我が国政府が持たれん事を、心から祈念する他無い。
【略歴】
ふじい さとし 京都大学大学院工学研究科教授。 日本の土木工学者、社会工学者、評論家。内閣官房参与などを歴任。主な著書に『MMTによる令和新経済論』(晶文社)、『プライマリーバランス亡国論―日本を滅ぼす「国の借金」を巡るウソ』(育鵬社)など多数。1968年生まれ。
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