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JAの活動:第42回農協人文化賞

【第42回農協人文化賞】営農事業部門 農事組合法人かしま広域農場組合長 工藤健一氏 農家所得向上に尽力2022年2月9日

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熊本・農事組合法人かしま広域農場代表理事組合長 工藤健一氏熊本・農事組合法人かしま広域農場代表理事組合長 工藤健一氏

私は、農家の長男として生を受け、子どもの頃より農家の後継者として祖母、両親の説得を受け熊本県立熊本農業高等学校卒業後、農業の道に進んで、米・麦・養蚕の農業から昭和35(1960)年園芸野菜ハウストマト栽培に取り組んで農家所得向上にまい進する。

昭和45(1970)年、六嘉農業協同組合から、将来に向けた営農ビジョンの中で米・麦・園芸野菜・畜産等新規に推進を図り、農家所得向上に寄与するため農協職員として活動してほしいと要請され、入組後は指導販売全般の事務に従事しました。昭和58(1983)年、米・麦3000トンのカントリー建設設計運営担当として実務にあたり、建設3年後には利用率90%以上の実績を上げることができ、乾燥、調製、販売一元化体制の確立に努めることができました。

また、米の生産調整が始まり作付け水稲の3割転作が実施され、六嘉農業協同組合も米の増産から減反政策に移行する。そのため米価を守る大豆を転作作物と指定し各集落単位の作業受託生産組合を結成。関係機関と協力しながら、昭和61(1986)年に私の生地集落においては土地利用型ブロックローテーション導入により、米より大豆へと「とも補償金」を創設し、農家所得の平準化を図りながら六嘉農協管内の全域、水田370haの転作団地化につなげることができました。

その後、昭和62(1987)年、国産大型汎用コンバイン6台を農業生産体質強化統合推進対策事業で導入。米・麦・大豆の刈り取り作業を六嘉農協で受託作業を開始、低コスト農業の基礎を作り、嘉島町農業において、水田表作は水稲・大豆、裏作は小麦の輪作体系による土地利用型農業の礎を確立することができました。これも嘉島町行政(嘉島町長)の応援指導のたまものと感謝申し上げているところです。

平成元(1989)年4月に農協の広域合併(御船町・甲佐町・嘉島町)で旧上益城農業協同組合が発足、園芸部長、農産部長、平成9(1997)年に参事に就任し、郡内の米の生産調整また主食米の新品種導入による自主流通米有利販売、郡内ブランド米推進のため熊本県指定栽培に沿った「特別栽培米」の導入を平成9(97)年より開始し、熊本県で生まれた品種「森のくまさん」を上益城郡内に普及。県内産地化を取り組み米農家の所得向上に寄与することができた。

大豆の生産振興に力を入れる大豆の生産振興に力を入れる

また、平成4(1992)年から平成8(96)年まで熊本県JA営農指導員連絡協議会の会長として県下の営農指導員に対し、会長としての体験を発表し、農家の現場指導を重点に農家より信頼される営農指導員を目指すべきだと主張し、現在もJAの営農指導の原点に返り指導強化にまい進されるようお願いしたところです。

平成11(1999)年6月、JA退職後は、地域農業者の中心となり、現在の上益城農業協同組合(平成13年4月広域合併)の大豆共乾施設運営委員長として、転作大豆の品質向上と共乾施設の利用拡大に努め、熊本県内はもちろん郡内の大豆産地化の振興に尽力することができました。

平成17(2005)年より水田転作補助金の内容が大幅変更になり、新たに品目横断的経営安定対策が示され、それに対応するため営農組合の設立に向けた準備委員会の代表を務め営農組合の発足に尽力する。また、平成19(07)年4月より、地元集落の区長および嘉島町嘱託員に就任し、区の運営はもとより町の東部台地の区画整備組合(面積70ha・事業費120億円)の審議委員長として現在の嘉島町発展に大きく協力することもできた。(平成29年3月まで10年間)

旧JA上益城退職後、平成17(2005)年より3カ年非常勤監事、平成20(08)年6月より3カ年常勤監事として現JAかみましきで、JA運営の改善で助言に努め、JA運動改革に専念することができ、合併農協の財務指針作りを指導することができました。

平成27(2015)年には品目横断経営安定対策での営農組合法人化の初期の目的達成のため、嘉島町広域農場農業生産法人設立準備委員会の会長に就任し、農事組合法人設立に向けた活動を実践する。同年11月には九州最大級の集落営農組織「農事組合法人かしま広域農場」を設立し、代表理事組合長に就任。集積農地面積470ha(うち県管理公社集積分330ha)の農地を預かる広域農場のトップとして嘉島町の農業をけん引する中心的な存在となった。

しかし、平成28(2016)年4月14日、16日の熊本大地震で震度7を2回受け、短期間で同年嘉島町の営農計画の見直しを行い「水路に水が来るところには水稲、水が来ないところには大豆」を基本に農事組合法人かしま広域農場が主体的に営農計画を樹立することができた。

同年度、嘉島町営農計画は水稲328ha・大豆368haで作付けすることができ、同年6月4日に安倍晋三首相がかしま広域農場地震復興視察に来訪され、激励を受け感謝申し上げたところです。

また、令和3(2021)年5月にはJAかみましき地域営農法人連絡協議会の設立に尽力し、会長に就任し、上益城郡内の農業法人の発展と地域農業の振興にJA職員時代に実践した業績を生かして「農家所得向上」と「持続可能な水田農業」の確立に努めて参りました。

座右の銘座右の銘

【略歴】
くどう・けんいち 昭和45(1970)年六嘉農協入組、平成元(89)年旧上益城農協に合併、平成11(99)年旧上益城農協退職、平成20(08)年常勤監事、平成18(06)年井寺営農組合組合長、平成19(07)年井寺区区長、平成27(15)年嘉島町広域農場農業生産法人設立準備委員会会長、同年農事組合法人かしま広域農場代表理事組合長、令和3(21)年JAかみましき地域営農法人連絡協議会会長。

【推薦の言葉】
地域農業のけん引役

工藤氏は六嘉農協に入組後、営農指導全般に従事し、管内全域で大豆によるブロックローテーションに取り組むなど、一貫して地域農業の振興に貢献し、今日の嘉島町の農業の礎を築いた。旧上益城農協では、園芸、農産部長などを歴任。熊本県JA営農指導員連絡協議会の会長に就任。JAの営農指導員代表として農業振興や指導員の育成にも力を入れた。
JA退職後も、地域農業者のリーダーとして農業振興にまい進。上益城農協の大豆共同乾燥調製施設の運営委員長、品目横断的経営安定対策に対応するため、営農組合の組合長に就任するなど、組織の統括、地域農業の推進で尽力。さらに九州最大級の「農事組合法人かしま広域農場」の組合長に就任し、約360haの農地を預かる農場のトップとして、嘉島町の農業けん引の中心として活躍している。

【第42回農協人文化賞 受賞21氏の「体験と抱負」紹介】

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