【米大領領選終盤へ(上)】白ける米国の農村 農政が争点にならず2016年10月27日
農業ジャーナリスト・山田優
アメリカの大統領選はいよいよ終盤に入り、民主党のヒラリー・クリントン、共和党のドナルド・トランプ両陣営の争いは日々熾烈になっている。非難・中傷合戦の陰に隠れて見失いがちだが、安全保障やTPP(環太平洋連携協定)など、選挙の結果によっては日本の将来を左右する大きな問題を含んでいる。アメリカの農業事情に詳しいジャーナリストの山田優氏に、レポートしてもらった。
11月8日投票の米大統領選挙は、民主党のヒラリー・クリントン氏が共和党のドナルド・トランプ氏に比べ優位な情勢で最終盤を迎えている。米国内のメディアは、両者が激しく対立していることを連日大きく報じているが、肝心の政策の面では実のある論争になっていない。農業分野に至ってはほとんど触れられず、米国の農家の間に白けムードが漂っている。
10月後半になって、大手メディアは相次いで「ヒラリーが有利」と報じ始めた。選挙戦に入る前は余裕でヒラリーの勝利とみられていたが、予想以上にトランプが健闘。夏場にはいくつかの世論調査でヒラリーが劣勢になるなど波乱含みになった。
◆全米ではヒラリー
しかし、戦没者家族への攻撃や急浮上した女性問題などでトランプの勢いに陰りが見え、3回あった両者のテレビ討論会でもヒラリーが手堅くポイントを重ね、有利なまま投票日まで逃げ切るという観測が支配的になってきた。
日本では農政問題が、時に国政選挙の大きな争点となる。かつての牛肉とかんきつの輸入自由化問題や、最近では環太平洋連携協定(TPP)をめぐる対応は、農村地帯の投票行動に大きな影響を与え、大物議員が落選するなど波乱要因になってきた。
今回の米大統領選挙で、農政は全くと言って良いほど、関心を集めない。都市部はもちろん、農村部でもだ。
9月に米国南部で伝統的に共和党支持の傾向が強いアーカンソー州に2週間滞在した。農業交渉などに関わる文書を探したり、インタビューしたりするのが目的だったが、合間を縫って、大統領選挙にどんな反応をするのか聞いて回った。
結論から言えば、「ほとんどの農家は大統領選挙に白けている」というものだ。農家2人と、地元大学農学部の教官らに個別にインタビューをした。それぞれ要旨を紹介する。
農家A(稲作1400ha・60歳)「この辺りの農村では共和党支持者がほとんど。民主党は労働組合や環境運動家が多く、オバマ政権もさまざまな労働・環境規制を導入し、農家の自由な経営を妨げている。私たちは独立した自営業として政府の規制を減らす共和党を支持する。ヒラリーはアーカンソー州知事夫人だった時、農家や田舎をばかにしていたように思う。信頼できないし、投票しない。ただ、トランプを支持するかどうかは言いたくない」。
◆困惑する農家
Aさんは、古くからの稲作経営で、同州最大の米農協の役員を長く務めるなど、人望が厚い。私自身も20年以上前から彼を知っているが、ごくふつうの正直な農家という印象だ。稲作技術にこだわりがあり、かつては「コシヒカリ」栽培に挑戦した経験がある。現在は米国内の酒蔵向けに「山田錦」などの酒米作りに挑む。ヒラリーやトランプの話題になると、話しぶりはたんたんとしていたが、明らかに困惑しているようだった。
農家B(大豆と稲作で900ha・52歳)「(メキシコとの国境に巨大な壁を造れというような)トランプの一連の発言に対し、外国の人たちが不安を感じるのは当然のことだ。外交で言うことに一貫性はないし、ふつうではないのも確か。大統領に適任かどうかは意見が分かれるだろう。しかし、彼はビジネスマンとして会社を経営し成功してきた。ヒラリーのような職業政治家よりも実業に携わってきたから、いったん大統領になればましなことをすると思う。会社経営にはそれなりの手腕が必要だ。ずっと共和党支持だし、そう考える以外に選択肢はない」。
Bさんは、収穫する米の大半を地元の農協に出荷している。Bさんを訪問する前にインタビューした米業者からもらった私の帽子に目をやって、「その会社にも少し出すことはあるけれど、農協を使った方が結局は有利だと思う」という。
米国では、農協を含めいくつかの米業者の買値を比較して最も有利なところへ販売する事例が多い。業者の多くはシカゴの米相場を参考にスポットで買値を提示するが、農協は原則として販売期間全体を平均したプール米価を採用する。米政府の経営支援制度(セーフティーネット)の設計が、通年価格で行われるため、「プール米価で販売することが長い目で見れば結局はリスクをいちばん減らせる」(Bさん)と考えるからだ。Bさんは農政によって身を守る術を十分に活用しているように見えた。
(写真)国務長官時代のヒラリーは自由貿易推進だった(米政府提供)
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