農業競争力強化支援法案を斬る2017年2月20日
狙いは総合農協潰し
田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授
政府は2月10日に「農業競争力強化支援法案」を閣議決定し、今国会に提出する。法案には農業者や農協の努力規定が盛り込まれるなど、民間の経済活動に対して国が介入し一定の選択・行動をとるよう法律でしばろうとしていると批判が出ている。法案の狙い、問題点は何か-。田代教授に国会で十分な審議を行うためにも問題点を指摘してもらった。
◆農業者のプライド傷つけ
農業競争力強化支援法(以下、強化支援法)案の農業者の努力規定が自民党内で問題になり、例によって微修正がなされた。農水省の当初案は「農業者は、その農業経営の改善のため、農業資材の調達又は農産物の出荷若しくは販売に関して、必要な情報を収集し、主体的かつ合理的に行動するよう努めるものとする」だったが、議員から「農業者個人の判断にまで踏み込んだもの」「農業者の一人として馬鹿にされたようだ」「農業者に対して上から目線」といった反発が噴出した。
それに対して農水省の総括審議官は、三条で国の責務、四条で農業生産関連事業者の努力を規定したので、「そのうえで恩恵(メリット)を受ける農業者に対して農業経営の改善のために努力してもらいたいという意味で規定した」「法制局から条文のバランスをとるために農業者の努力義務規定を記載するよう指示を受けた」「努力義務は訓示規定であり罰則は設けない」「フォローアップの際に指導することは考えていない」と答えている。
やり取りの末、「有利な条件を提示する農業生産関連事業者との取引を通じて、農業経営の改善に取り組む」よう修正することで一件落着したようだ。しかし「主体的かつ合理的に行動」が「農業経営の改善」となっただけで、農業者に農業経営の改善努力を課する点は変わらない。
ちなみに「訓示」を辞書で引くと、「(執務上の注意などを)上の者が下の者に教え示すこと」とあるので、「上から目線」であることに変わりはない。国が民間会社の社長にしっかり経営しろと訓示を垂れたらどんな反応が返るか、想像しただけでも事の異常さが分る。「指導は考えていない」というが、「指導」と「訓示」はどう違うのか。「法制局の指示」という弁明も責任転嫁であり、「主体的かつ合理的に行動」すべきは農水省の方ではないか。
とはいえ最近では、国の責務に次いで関係者の努力規定を設けるのが法の書きぶりになっている。食料・農業・農村基本法も、国・地方公共団体の責務の次に「農業者等の努力」をあげている(九条)。しかしそこでの「努力」とは「基本理念の実現に主体的に取り組む」こと、すなわち食料の安定供給の確保、多面的機能の発揮、農業の持続的発展、農村の振興という農業者の国民に対する社会的責任を規定したものである。
しかるに強化支援法のそれは、農業者が自ら責任をもつ個別経営について「主体的かつ合理的に行動」しろというものであり、そこには、農家は農協の言うことに唯々諾々と従う非主体的・非合理的な存在であり、国が善導してやらねばならぬものという古い農政思想が息づいている。
罰則も指導もないのなら農業者の努力規定は個別具体法にわざわざ入れるべき法律マターとはいえないが、それを敢えてするのはなぜか。
◆市場経済への過剰介入
第一に、国家の市場経済への過剰介入の根拠づけである。本来、農業者の「営業の自由」の領域にまで国家が乗り出して、仕入れ・販売の方法を方向付ける。それは例えば国に「第二全農」を作らせるとか、指定生乳生産者団体が行ってきた牛乳の需給調整を国に販売計画・実績を報告させて国が需給調整に乗り出すといったことにも現れている。「第二全農」は規制改革推進会議の言辞だが、財界はトランプ流「自分には自由、他人には規制」である。強化支援法の全体に、国の力で産業構造を変えてみせるという介入主義が充満している。
それは安倍内閣で勢いを得た経産省ターゲッティング派の「新ターゲッティングポリシー」(特定産業・企業への国家介入)に近い。強化支援法が対象とする領域は本来、経産省の守備範囲にかぶる。経産・農水省の共管領域ともいえる。そのことは農水省が出張ったというよりも、農水省の経産省への統合過程の一齣であろう。農林次官は「農業が産業化し、農水省が要らなくなることが理想」(『ダイヤモンド』2016年6月9日号)とうそぶいている。省益争いはどうでもいいが、本来の農業政策の領域がなくなったら困るのは農業者だ。
◆総合農協と全農潰し狙う
第二に、法案は、国が「農業者又は農業者団体が、農業資材の調達を行うに際し、有利な条件を提示する相手方を選択するための情報を入手することができるようにする」(第十条)、国は「農業者又は農業者団体による農産物の消費者への直接の販売を促進する」措置を講ずる(第十三条)、としている。これは農業者や農協の購買・販売の方法を特定づけるもので、協同組合としての共同購入・共同販売の否定につながる。農水省の修正原案には「農業生産関連事業者を適切に選択すること」が入っていたそうだが、要するに単協(農業者)と全農の利害対立をあおり、全農と他の事業者との比較を露骨に指示し、系統購買事業潰しを狙っていると言える。
これらは本体の農協法改正には盛り込まれなかったものだが、農協「改革」の初発から規制改革(推進)会議が狙ってきたことで、それがここにきて法律に頭を出した。とくに推進会議のWGの原案は、指定生乳生産者団体の廃止、クミカンの廃止、三年間で半分の農協の信用事業を譲渡させるとしていた。そこに共通するのは協同組合の否定、もっと言えば協同組合は株式会社になれというメッセージであり、本法にも貫かれている。
すなわち農業者の努力規定の次には農協や全農の努力規定が入っている。農協や全農は国や企業の努力の「恩恵(メリット)」を受けるのだから、自らも努力するのは当然だという論理である。結果、農業者の農業所得の増大が思わしくなければ、農協や全農がその責任を取らされ、さらなる農協「改革」を押し付けられることになろう。それは、単協が信用事業を譲渡するまで、そして全農が事業をやめるまで続くことになりかねない。
◆法案の充実した審議を
第三に、敢えて農業者の矜持を傷つけて空中戦を演じることで、肝心の法案内容から目をそらさせている。同法は、元をただせば「総合的なTPP関連政策大綱」から「農林水産業・地域の活力創造プラン」に引き継がれ、今国会への8本の法案提出になったものの筆頭だ。法案にはそのほか、種子法の廃止、土地改良法、農工法、農業災害補償法(収入保険がらみ)、畜安法(指定団体の廃止)の改正等が含まれ、いずれも農政の根幹にかかわる。
種子法や指定団体の廃止は、規制改革推進会議が自由競争を建前として民間企業の参入やアウトサイダーへの補給金支給を求めたものだ。その結果、多国籍企業の種子ビジネスの進出を招いたり、牛乳の需給調整を乱し、対メーカーの価格交渉力を低める結果になる。
土改法改正は、農地中間管理機構が借り受けた農地について地権者の費用負担や同意を求めずに基盤整備できるとするものだが、共有地(相続未登記農地等)について、代表者一人を選任できるとするもので、地権者の権利を侵す可能性を持つ。 農工法改正は対象業種をサービス業等にも拡大するもので、敷地の大きなものの導入で農地転用を促進しかねない。収入保険は青色申告を条件とするが、それでは農業者の三割しかカバーできず、かつ収入が傾向的に低下していく場合には有効でない。また農業共済が任意加入になると、大きな被害を受ける者が出かねない。
他方で野党四党が、TPP発効を待たずに牛豚の経営安定対策(マルキン)を講ずる法案を提出する等、政策的な競り争いが強まっている。
政府提案の8法案は、TPPが潰えた後で安倍首相が日々傾いている日米FTAの受け皿作りになるものである。その中に農業者のプライドを傷つけ、過剰介入する法文を無神経に装填するのは、後ろから鉄砲を撃つに等しい。農業者も農協も怒るべき怒りつつ、法案内容の冷静な吟味が欠かせない。
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