これでいいのか国際通商交渉 奪われる国民の主権と未来【鈴木宣弘・東京大学教授】2017年9月28日
・対米FTAはTPPプラス
政府がろくに情報を明らかにすることがないままTPPは米国抜きの11か国で発効しようと躍起になって交渉を進め、また、日欧EPA、RCEPなども発効、締結に向けて交渉が進んでいる。東大の鈴木教授に改めて現在の国際通商交渉の本質を指摘してもらった。
TPP反対者を「TPPおばけ」と揶揄した人達が「TPPゾンビ」の増殖に奔走している。米国民が否定したTPP(環太平洋連携協定)をTPP11で推進し、TPP型の協定を「TPPプラス」(TPP以上)にして、日欧EPA(経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携)にも広げようと日本政府は何故に邁進するのか。
◆自由貿易の正体~グローバル企業への便宜供与
国家戦略特区が、ルールを破って特定企業に便宜供与する国家「私物化」特区だとすれば、自由貿易とは国境を越えたグローバル企業への便宜供与で、世界の私物化である。TPP型協定がその具体型である。
つまり、自由貿易=グローバル企業が自由にもうけられる貿易であり、グローバル企業の経営陣は、命、健康、環境を痛めつけても、「今だけ、金だけ、自分だけ」で儲けられるように、投資・サービスの自由化で人々を安く働かせ、また命、健康、環境への配慮を求められてもISDS(投資家対国家紛争処理)条項で阻止し、新薬など特許の保護は強化して人の命よりも企業利益を増やそうとする。利権で結ばれて彼らと政治、メディア、研究者が一体化する。これが規制緩和、グローバル化の正体である。

◆「TPPおばけ」と揶揄した人達が「TPPゾンビ」を推進
「儲かるのはグローバル企業の経営陣のみで国民の暮らしは苦しくなる」「国家主権の侵害だ」「食の安全が脅かされる」との米国民の声は大統領選で大きなうねりとなり、TPPを否定した。日本のTPP反対の主張と同じだった。日本のTPP反対者も含め、市民の力が「やはりTPPは悪い」と証明した。TPP反対者を「実体のない恐怖を振りまく"TPPおばけ"」と批判した人々は反省すべきである。
ところが、そう簡単に合意できるとは思われないが、TPP11の推進や、さらに「TPPプラス」の日欧・日米自由貿易協定や、より柔軟で互恵的なアジア中心の経済連携協定にできる可能性を持っていたRCEPもTPP化しようとしている。これこそ「TPPおばけ」である。
◆「日米FTAを避けるためにTPP11」はごまかし
「日米FTAを避けるためにTPP11」というのはごまかしだ。日本の対米外交は「対日年次改革要望書」や米国在日商工会議所の意見書などに着々と応えていく(その執行機関が規制改革推進会議)だけだから、次に何が起こるかは予見できる。日米経済対話も自ら提案したように、日本政府は日米FTAも受け入れ、譲歩を重ねる腹づもりだ。TPPプラスの譲歩リストも準備済みである。
例えば、BSE(狂牛病)に対応した米国産牛の月齢制限をTPPの事前交渉で20か月齢から30か月齢まで緩めたが、さらに、国民を欺いて、米国から全面撤廃を求められたら即座に対応できるよう食品安全委員会は1年以上前に準備を整えてスタンバイしている。
◆TPP11も米国への従属アピール
情けない話だが、日米FTAはTPPプラスで行うつもりで米国にはTPP以上を差し出すのだから、日米FTAと当面の米国抜きTPPは矛盾しない。いずれも米国への従属姿勢のアピールだ。米国内のグローバル企業とその献金で生きる政治家は、米国民の声とは反対に、今でも命や環境を犠牲にしても企業利益が最大限に追求できるTPP型ルールをアジア太平洋地域に広げたいという思いが変わらないから、そういう米国のTPP推進勢力に対して、日本が「TPPの灯を消さない」努力を続けているところを見せることも重要な米国へのメッセージなのである。
◆RCEPのTPP化をもくろむ日本経済界
日本のグローバル企業も徹底した投資やサービスの自由化でアジアからの一層の収奪を目論んでいるので、米国のTPP推進勢力と同じ想いがあり、RCEPもTPP化しようとしているが、中国の反発などで難航している。
日本の海外展開企業はアジア諸国での「今だけ、金だけ、自分だけ」の収奪を追求し続けてきた。過去の多くのFTAの事前交渉に参加した筆者は、日本の経済界の露骨な要求を、途上国の人々を人とも思わないような態度で罵倒して突きつける日本政府(関連省庁)の交渉姿勢を非常に恥ずかしく情けなく思った。TPPでの米国の態度と、アジアとのFTAでの日本の態度と要求事項は実はそっくりだった。
◆企業による世界の私物化のための経済学
シカゴ学派の経済学はグローバル企業による世界の私物化に極めて好都合である。
規制緩和が正当化できるのは、市場のプレイヤーが市場支配力を持たない場合であることを忘れてはならない。大きな市場支配力が存在する場では、規制緩和は、一方の利益を一層不当に高める形で市場をさらに歪め(グローバル企業はもうかる)、経済・厚生を悪化させる可能性があり、理論的にも正当化されない。競争市場を前提とした規制緩和万能論は空論である。
ところが、シカゴ学派は「寡占や独占は一時的な現象で、やがて解消されるので考慮しなくてよい」と現実の独占・寡占の蔓延を無視する。誰のための経済学かがよくわかる。
◆国際経済学者は自由貿易協定を否定していた
日欧EPAの大枠合意を受けて、GDPで世界の約3割を占め、全体で95%超の関税撤廃率で、日本の農林水産物の関税撤廃率も82%でTPP並みに高いとして、「経済規模が大きく自由化度が高い」のが優れているなどとメディアは礼賛していたが、経済学的には間違いである。
そもそもFTAは「悪い仲間づくり」のようなもので、A君は好きだから関税なくしてあげるがB君は嫌いだから関税をかけるというものである。仲間だけに差別的な優遇措置を採るのがFTAだから、「経済規模が大きく自由化度が高い」ほうが貿易が大きく歪められ、「仲間はずれ」になる域外国の損失は大きくなる。 我々の試算では、EPAによって締め出される域外国の損失(日米4645百万ドル、日欧2316百万ドル)は当事国の利益(同4449百万ドル、1762百万ドル)より大きい。
しかも、自由化度が高いほど、締め出される域外国の損失は大きくなるから、農産物のような高関税品目は除外したほうが域外国の損失は緩和できる。我々の試算では、域外国の損失は4645百万ドル→1505百万ドル、2316百万ドル→1623百万ドルに減少する。
さらに、日本にとっても、農産物を自由化しないほうが、日本全体の経済的利益は、824百万ドル→1966百万ドル、1126百万ドル→2132百万ドルに増加する。高関税の農産物を米国やEUだけに関税撤廃すると、例えば、最も安く輸入できる中国からの輸入が差別的な関税撤廃によって米国やEUに取って代わる「貿易転換効果」によって、消費者の利益はあまり増えず、生産者の損失と失う関税収入の合計のほうが大きくなってしまうからである。
このように、FTAは、仲間はずれになった国は損失を被るし、域内国も貿易が歪曲されて損失が生じることなどから、日本では、長年、政府も国際経済学者もWTOを優先し、FTAを否定してきた。ところが、2000年頃から、日本政府がFTA推進に舵を切りだすと、みるみるうちに、同じ学者がFTAやTPPを礼賛し始めた。
しかも、「農産物を例外にしてはいけない」と主張したい人たちにとっては、日本にとっても、域外国にとっても、農産物を除外するほうがベターだ、という試算結果は不都合なので、そういう数値は表に出ないように極力隠されてきた。経済学者の良識、経済学の真理とは何なのかが問われている。
◆悪意と無邪気の規制緩和論者
規制撤廃論者には、悪意と無邪気の2種類がいる。自身や「お友達」の利益のために規制撤廃万能論を悪用するタイプと、米国の大学で徹底的にシカゴ学派の経済学を教え込まれて、一種のマインドコントロール状態で、本当に「すべてなくせばうまくいく」と信じ込んでいるタイプである。ただし、後者も、実は、日本の若者を米国発のグローバル企業が儲けられるような考え方に染めて、日本に帰して、主要官庁や大学の経済学部で活躍させるという米国の壮大な戦略にはまっているのである。本人は意識していないが、グローバル企業の利益のために頑張っている。なお、いずれにせよ、政治経済学者が「政策は要らない」と言ったら、自分も要らないと言っているようなものだという自己否定には気付かないようである。
◆市民の声と乖離する政治の危険水域
格差拡大、国家主権の侵害などを懸念し米国民の圧倒的多数が否定したのがTPPだ。日本を含む多くの市民の声も同じなのに、大多数の市民の声とグローバル企業と結託した政治家の思惑とが極度に乖離した政治状況が各国ともに何ら改善されていない異常さをTPP11の推進を目の当たりにして痛切に感じる。
日本が最も極端であり、そうしたグローバル企業などの要求を実現する窓口が規制改革推進会議であり、官邸の人事権の濫用で行政も一体化し、国民の将来が一部の人達の私腹を肥やすために私物化されている現状は限度を超えている。終止符を打つときである。
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