市民・NPOが支える「もうひとつのアメリカ農業」(2)【村田武・九州大学名誉教授】2018年11月28日
◆NPOが農場運営
「ザ・フード・プロジェクト」(以下ではFP)は、多種類の野菜、ハーブ類や花きを有機栽培し、近隣の小規模農場が出荷できるファーマーズ・マーケットを5カ所運営する非営利農業団体である.野菜の生産量は約25万ポンド(110t)を超え、全農場で有機栽培を実践しているが、申請経費がかかる農務省の有機認証は取得していない。
1991年にMA州環境保護協会のプロジェクト(事業計画)として企画され、MA州東部北岸地域に「郊外農場」3農場、ボストン市内に「都市農場」2農場の合計70エーカー(28ha)の5農場を運営している。30名の常勤職員に加えて、夏季には30名の非常勤職員が加わる。農作業には青少年を雇用し、ボランティアの助けもある。
サウス・ボストンのダドリー地区(人口2.4万人)は、歴史的に黒人など多様な有色人種の居住地域で、1980年代はじめには地区の3分の1が空き地であった。これに対して住民が地区を再建しようと、80年代末にボランティア団体「ダドリーストリート・ネイバーフッド・イニシアチブ」(DSNI)を組織し、コミュニティ再生構想をまとめた。この構想で「コミュニティ・ガーデン」(市民農園)や有機農園づくりが提案され、それを具体化するためにFPが招かれた。
FPはこのダドリー地区で、2つの空き地に合計2エーカー(80a)の農場と10a弱の温室を持ち、野菜を栽培している。温室はレストラン向けのトマト栽培と、「コミュニティスペース」として地域住民や園芸愛好家の学習の場に提供されている。2エーカーの農地はランドトラスト(土地信託団体)からの無償貸与だが、温室には地代を年間500ドル支払っている。
収穫物はファーマーズ・マーケットや近隣のレストランに直接販売する他、貧困救済団体への支援にも向けられる。ガーデニングの普及活動と栽培指導も地区住民を対象にする取り組みである。この地区は食生活の乱れに起因した肥満など健康上の問題が深刻だからである。かつて廃棄物の不法投棄があり、宅地周辺の土壌の鉛汚染が深刻だったので、1000台を超える木製の「野菜栽培床」(1.2×2.5m)を無償で住民に提供している。
(写真)ザ・フードプロジェクトの農場
◆都市貧困層救済も
青少年教育はFPのもっとも重要な取り組みのひとつである。5つの農場で展開し、参加経験に応じて、3段階で編成されている。第1段階「シードクルー」(種子段階のチーム)、第2段階「ダートクルー」(種を育てる土壌チーム)、第3段階「ルートクルー」(「作物を支える根チーム)である。
シードクルーは14~17歳の高校生に、夏休みの7月~8月中旬に6、5週間の労働機会を提供する。ボストンや周辺の都市部から、いろんな人種や階層の高校生を募集し、毎年72名(男女比は半々)を採用して各農場に配置する。週5日、1日8時間労働で週給275ドルである。午前中は農作業、午後は持続型農業や食料をめぐる問題などを学ばせるワークショップがあり、その後の2時間はまた農作業である。週のうち1日は地元の貧困救済団体に自分たちが育てた作物を届け、生活困窮者への食料提供を手伝わせる。
ダートクルーはシードクルーの経験者から採用され、年間を通して放課後と毎週土曜日に、低所得地域の住民のために野菜栽培床の設置作業を行う。また、ボランティアのリーダー役を担い、持続型農業やローカルフードシステム、正当な労務管理、市民としてのたしなみなど、しっかりしたリーダーを育てる。その後はルートクルーとなり、農場やファーマーズ・マーケットでのより大きな責任を担う。こうして農場全体では毎年120名を超える若者が働いている。
非営利農業団体の財政はなかなか厳しい。FP全体の運営費用(2016年度)は、総額227.5万ドル(2億5000万円)で収入は総額324.3万ドル(3億5700万円)。5農場の野菜販売収入は33.4万ドル(3670万円)にとどまり、何と収入総額の84.7%、274.6万ドル(3億円)が寄付金である。公的助成金は5万ドルにすぎない。
MA州に生まれた非営利農業団体FPがめざす「青少年と食とコミュニティのトライアングルの構築」は、それに共鳴する団体がすでに8団体、シアトルやニューオルリンズなど全米に誕生しているとのことである。
なるほど、アメリカには多国籍アグリビジネスに取り込まれた大規模農場とは異なった「もうひとつの農業」がある。有機栽培やCSAを活用しながら、都市貧困層の救済と小規模農場の擁護を一体的に取り組む運動が存在することに驚かされた。
(写真)青少年の農業教育も
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