【みどり戦略の試金石 アジアモンスーン地域の食料システムとは】谷口信和・東京大学名誉教授(2)2022年2月24日
みどりの食料システム戦略はいよいよ実践の段階に入った。欧米とは異なる日本の風土的な条件を踏まえた農業・食料システムのモデル構築についてこれからどう考えていくべきか、谷口信和東京大学名誉教授に寄稿してもらった。

新たな日本農業発展コースの可能性
先の農産物国内市場の検討を踏まえれば、このロジカルチェーンは次のように修正することが可能となる。すなわち、少子化・高齢化にも関わらず進展する畜産物国内消費需要の拡大(+大豆や小麦に対する根強い国産需要の存在)→輸入代替をも含む国内畜産業の発展と麦・大豆生産等の拡大→輸入濃厚飼料代替をも含む国内濃厚飼料生産の拡大を通じた地域農業における耕畜連携の進展→飼料と堆肥の地域内資源循環および畜産物をも含む農産物・加工食品の地産地消の拡大を通じた地域循環型経済の実現→国内の非正規労働者の正規労働者化(賃金上昇)と技術革新を通じた企業的農業経営を内包した「多様な担い手」の形成・発展→相対的に高い価格での「有機農産物」需要・供給関係の形成→カーボンニュートラルに向かう形での食料自給率の上昇=食料安全保障の確保、という道筋がそれである。
追い風となりうるみどり戦略
こうした道筋を可能にするためには、気候変動対応のCO2削減が起点となる国内農業生産への以下の要請=みどり戦略の本来的な前提条件実現が鍵を握る。すなわち、(1)農業生産資材・農産物の移動・輸送距離の短縮化を通じた化石燃料資源消費の削減=食料自給率の向上を通じたCO2削減(国内農業・都市農業の新たな役割)(2)効率的な機械・施設利用を通じた化石燃料資源消費の縮小(規模の経済の実現)(3)耕畜連携の実現を通じた耕種部門における堆肥利用・化学肥料投入量の減少、畜産部門における糞尿の堆肥化と土壌中給与を通じたCO2削減(4)化学農薬の投入量の削減を通じた環境保全型農業・有機農業化の推進(5)農業従事者の「賃金水準」上昇を前提とした労働生産性向上と消費者の有機農産物・食品の購買力上昇、がそれである。
水田畑地化の隘路
戦略下の水田の意義
つまり、上述のみどり戦略がめざすアジアモンスーン型の食料システムとは、水田農業に根差した自給的飼料基盤を前提にした耕畜連携の確立が核心をなすということになる。
そこでは地球温暖化にともなう気候変動において、日本での異常気象の中心には台風・梅雨の時期を含む集中豪雨による洪水災害が大きな位置を占めており、その防止手段として畦畔(けいはん)を有し、ダム機能をもつ水田として農地を維持確保することに特別の意義があることを再確認する必要がある。
ここから、水田を利用する飼料用米はアジアモンスーン地域における濃厚飼料作物としての特別の地位を有しているといえる。また、国内需要があり増産が期待される水田における麦・大豆の連作障害回避手段として主食用米と並んで飼料用米との輪作体系構築が重要な意義をもつことも指摘しておくべきだろう。
子実トウモロコシVS飼料用米の対立
ところが、2021年産の飼料用米の作付面積が11・6万haに達し(基本計画の2030年目標9・7万haを超過したが、単収が低いため収穫量は88%に止まる)、直接支払交付金の追加支払い(2021年度補正予算240億円)を「余儀なく」されたことへの財務省からの反発もあって、今後の飼料用米の作付が抑制される一方(2022年度当初予算)、水田「転作」作物としての子実トウモロコシが水田リノベーション事業(2021年度補正)とともに導入され、注目を集めている。
たしかに、単収も高く、投下労働時間が少ない子実トウモロコシは濃厚飼料としての価値が高いことはいうまでもないし、日本農業の濃厚飼料自給基盤向上に果たす役割が期待されるところではある。しかし、大豆が地下水位20センチ以下を求めるのに対して、トウモロコシは40センチ以下が必要なほど耐湿性が低い作物なので、湿田での作付けは困難であり、作付けに際しては乾田化を通り越して畑地化が求められる傾きがある。
水田の汎用化が広範に進展した条件の下では、それぞれの地域的な条件に応じて飼料用米と子実トウモロコシの自由な選択の可能性が広がるといえるが、財務省は主食用米に復帰する可能性の高い飼料用米(とくに専用種を作付けしない場合)を忌避しており、水田の畑地化を通じた子実トウモロコシや野菜の作付けへの転換を強力に後押ししているのが現実である。
アジアモンスーン地域の食料システム確立をめざすみどり戦略の試金石は、一方で飼料用米が抱える諸問題を解決しながら水田での濃厚飼料自給基盤をどこまで引き上げ得るかの実績を示すことであり、他方で子実トウモロコシ生産の可能性を畑地ではなく水田の枠組みの中でどこまで広げ得るかということになろう。困難は極めて大きいが、それらの隘路(あいろ)の彼方にしか日本農業の未来は存在していないと思われる。
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