農政:どう思う!菅政権
「7年8か月」が一層強化される 鈴木宣弘 東京大学教授【どう思う!菅政権】2020年9月18日
安倍政権では農業の成長産業化の名のもと、さまざまな改革が進められた。その背景は何だったのか、菅政権の本質を東大・鈴木宣弘教授が指摘する。
写真出典:首相官邸ホームページ
国民の犠牲の上に一部の利益を追求
一言で言うと、「7年8か月」の特徴は「国民の犠牲の上に一部の利益を追求」であったように思われる。「オトモダチ優遇」は世の常ではあるが、だんだんエスカレートしていった感がある。
種子法の廃止、農業競争力強化支援法、種苗法、畜安法、漁業法、森林の2法、水道の民営化、などの一連の政策変更の一貫した理念は、間違いなく、「公的政策による制御や既存の農林漁家の営みから企業が自由に利益を追求できる環境に変えること」である。「公から民へ」「既存事業者から企業へ」が共通理念である。
しかも、特定の人々がいつも登場する。「国家私物化特区」でH県Y市の農地を買収したのも、森林の2法で私有林・国有林を盗伐して(植林義務なし)バイオマス発電するのも、漁業法改悪で人の財産権を没収して洋上風力発電に参入するのも、S県H市の水道事業を「食い逃げ」するのも、同じ人たちが関与している。「攻めの農業」、企業参入が活路、というが、既存事業者=「非効率」としてオトモダチ企業に明け渡す手口は、農、林、漁ともにパターン化していった。彼らは農・林・水(水道も含む)すべてを「制覇」しつつある。
米国のオトモダチへの便宜供与もすさまじい。TPP(環太平洋連携協定)において日米間で交わされたサイドレターには、「外国投資家の意見に基づいた規制改革会議の提言に従って日本政府は必要な措置をとる」と書かれていた。外務大臣は「サイドレターは日本が「自主的に」決めたことの確認だからTPPが破棄されても「自主的に」実施して行く」と国会答弁した。「自主的に」=「米国の言うとおりに」であり、TPPにかかわらず米国の要求に応え続けるということだ。
人事と金
手法的には「人事と金(と恫喝)」を駆使して、「見事に」正論を黙らせていった。農水省は、農林水産業の発展を目指し、農山漁村を守り、消費者に安心・安全な食料を提供するという使命で頑張ってきた。畜安法、種子法、漁業法、林野と、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無惨に破壊したい役人がいるわけはない。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の想いだろうと察する。詭弁にもならぬ詭弁はひどさを増し、ますます、見え透いた虚偽を言わざるを得なくなっていった。
「人事と金」で動かすのも世の常だが、特に、官邸のかなめの人は反対する声を抑えつけていく「人事と金」の天才的使い手のように見えた。NHK番組のキャスターの質問がおかしいと「異動」させたり、「畜安法」では、懸念を表明した担当局長(事務次官候補)と課長は「異動」になった。それでも、「省令で『いいとこどり』の二股出荷は拒否できるように規定するから」と後任の局長(現事務次官)と担当部局は酪農関係者に説明し、実際、彼らは一生懸命知恵を絞っていた。しかし、「上」からの「生乳出荷は自由選択にしたんだ。小細工すると、君もわかっているよね」との圧力で、結局、有効な生乳共販弱体化の歯止めはできなかった。
官邸の姿勢を逆手にとって、官邸(裏に経産省)と米国と財界のための『改革』を仕上げる覚悟を持った異例の昇進をした元事務次官は「農水省に葬式を出す」と公言したというが、この人事は「論功行賞」(国税庁長官、イタリア一等書記官人事)でなく「とどめ刺せ」人事だと筆者は指摘した。
官邸における各省のパワー・バランスが完全に崩れ、従来から関連業界と自らの利害のためには食と農林漁業を徹底的に犠牲にする工作を続けてきた省庁が官邸を「掌握」している今、命・環境・地域・国土を守る特別な産業という扱いをやめて、農林漁業を「お友達」の儲けの道具に捧げるために、農水省の経産省への吸収も含め、農林漁業と関連組織を崩壊・解体させる「総仕上げ」が進行した。前次官は国内農林水産業振興に理解があり、素晴らしい人材だったが、路線の修正をできなくするかのように、突如、20年近く前の問題をNHKニュースが報道したりした。
「7年8か月」の強化に歯止めを
新総理は「政策を決定したのに、官僚が反対するんであれば異動してもらう」と明言している。ここまではっきり言われるのは尋常ではない。規制改革も強調されている。規制改革というと響きはよいが、その実は、公益的なもの、共助・共生の精神に基づくものとして維持されてきた地域で頑張っている事業をオトモダチ企業の儲けの道具に差し出させるルール変更が、規制改革や自由貿易の本質である。
これから、国民の犠牲の上に自身とオトモダチの利益を「人事、金、恫喝」で推し進める政治が強化される懸念が杞憂であることを願う。今こそ、我が身とオトモダチの利益を守るために国民を犠牲にするリーダーではなく、我が身を犠牲にしてでも地域と国民を守るリーダーが必要である。一定の年齢に達したと思われる方々は我が身を犠牲にする覚悟で、それぞれの立場で尽力しようではないか。
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