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農政:世界の食料は今 農中総研リポート

【世界の食料は今 農中総研リポート】曲がり角迎えるオランダの人工光型植物工場業界 一瀬裕一郎主事研究員2023年7月5日

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「世界の食料は今」をテーマに農林中金総合研究所の研究員が解説するシリーズ。今回はウクライナ危機によるエネルギー高騰の直撃を受けるオランダの人口光型植物工場業界の現状と今後の見通しなどについて、主事研究員の一瀬裕一郎氏が解説する。

農中総研 一瀬裕一郎主事研究員農中総研 一瀬裕一郎主事研究員

注目が集まる人工光型植物工場

2010年代に植物工場が注目を集めた。露地と比べて少ない農業生産要素(土地、水、肥料、農薬、労働力、等)で同量の作物を生産できる植物工場は、増え続ける世界の人口へ安定的に作物を供給する観点からも、SDGsの観点からも好ましいものと受け止められた。特に人工光型植物工場は、屋内で温度、湿度、二酸化炭素濃度、光量等の生育環境を完全に制御して作物の生育に理想的な条件を作り出せるため、あらゆる場所で作物を効率的かつ安定的に生産できる先進的な農業生産システムだと捉えられた。

「気候変動に関する国際連合枠組条約(1994年発効)」に関するキャンペーンのWEBサイト(下記注)
でも2022年に人工光型植物工場(原文ではvertical farmingおよびindoor farmingと表記)が取り上げられ、「LED 照明と環境制御システムを活用し,屋内で植物を多段で栽培」「欧州最大の人工光植物工場では年間 1,000 トンの作物を産出」「人工光型植物工場の利点は小面積で大量の食料が農薬を使わずに生産可能なこと」「従前は食料生産に適さない輸送用コンテナ、地下トンネル、廃坑等の場所が人工光型植物工場に利用できること」等の利点が述べられている。

わが国を含む世界各国で人工光型植物工場の技術開発が進められ、数多くの新興企業が商業生産に乗り出すようになった。改めていうまでもなく、先端技術を農業に実装する点で先導的な位置にあるオランダでも2010年代に人工光型植物工場の展開が当然のごとくみられ、複数の新興企業が巨額の資金調達に成功し事業を拡大した。

2022年,人工光型植物工場は急遽苦境に

ところが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻に端を発する世界的なエネルギーコストの高騰や農業生産資材のインフレーションが、世界ならびにオランダの人工光型植物工場を取り巻く環境を一変させた。前述のWEBサイトでも実は「不動産やテクノロジー、化石燃料のコスト高が人工光型植物工場の普及を妨げる要因となりうる」との指摘があった。その指摘がまさに今般顕在化したかたちである。オランダの人工光型植物工場業界における最近の動向を図1に示した。オランダを中心とした人工光型植物工場業界は総じて、2022年以降まさに死屍累々、盛者必衰、夏草や兵どもが夢の跡といった様相を呈している。

農中総研 図表

Future crops社はオランダ施設園芸のメッカであるウェストランドで2016年に設立された。作業を完全自動化した人工光型植物工場で葉物野菜を生産し、EU諸国のスーパーマーケット等へ販売した。米国鉄鋼メーカーSteel Warehouseを創業したリーマン家のプライベートファンドや中国ICT企業のテンセントからそれぞれ数千万ドル規模の資金を調達し事業拡大を進めてきたが、2023年1月に突如破産を発表した。同社はエネルギーコストの大幅な上昇により、伝統的な栽培方法を採る競合他社との競争が困難になったという。同社の機械設備は2023年4月に競売会社Troostwijk Auctionsによってオンラインで売却された。

Glowfarms社は2020年にオランダのリールダムで創業した。100平方mのパイロットファームでハーブやレタス等の葉物野菜を栽培した。同社は植物の生育に最適な環境を整え、慣行農法と比べて95%の水の節減、殺虫剤の不使用、農地への環境負荷軽減、二酸化炭素の排出量削減を可能にした。天候や季節と関係なく持続的かつ健康的な農産物を通年で安定品質、安定価格で供給できることを同社の強みだとアピールした。2022年6月にパイロットファームよりも27倍広い生産拠点の建設を発表したものの、エネルギーコストの高止まり等の厳しい外部環境の継続によって、2022年11月に事業停止と2025年までの会社解散を発表した。

Infarm社は2013年にドイツのベルリンで創業し、後に本拠地をオランダのアムステルダムに置いた。同社はスーパーマーケット、病院、学校、レストラン等に設置できるインストアファーム(モジュール型の小規模人工光型植物工場)を開発した。輸送時間やコストをかけずに新鮮な葉物野菜をいわば「店産店消(店産店商)」するという新しい顧客体験を同社は提案した。同社はオランダ、ドイツに留まらず欧米主要国へ事業地域を拡大させ、IKEA、EDEKA、REWE等有名小売企業と提携を進めた。2020年に同社はJR東日本が資金を提供し、日本での事業を開始し、2021年にはサミット、紀ノ国屋等でインストアファームを稼働させた。創業以降事業を拡大させてきたものの雲行きが変わり、2022年11月に同社は人員削減、2023年4月にはオランダと日本を含む複数国での事業停止を発表した。今後、同社は産油国のように化石燃料が豊富にある一方で露地での野菜生産が難しい地域に経営資源を振り向けるという。

Kalera社は2010年に米国フロリダ州オーランドで設立され、米国に複数ある人工光型植物工場で葉物野菜の生産を行っている。2021年にはドイツの同業& ever GmbH社の買収を通じて事業を拡大し、Nasdaqへの上場を果たした。ところが、2023年2月に米国以外の事業をオランダの同業Growy社へ売却した。また、同社は同年4月にNasdaqから上場廃止となった。

以上述べたように、Kalera社の事業を買収したGrowy社を除いて、オランダを中心とした人工光型植物工場業界は、2022年以降事業継続の曲がり角に立っている。

人工光型植物工場の活路はいずこに

電力光熱費の重い負担は、無料の太陽光を利用しない人工光型植物工場の宿命である。露地と比較して生育期間の短さや菌数の少なさという強みがあるものの、人工光型植物工場はエネルギー価格の上昇に対して極めてフラジャイルである。蛍光灯をLEDへと転換したとしても、作物の栽培には温度、湿度管理等で大量の電力が必要だからだ。

専門家であるRabobankのCindy van Rijswick氏の指摘によれば,2020年12月から2022年7月までの間に欧州のエネルギー小売価格は6割近く上昇し、オランダの人工光型植物工場の運営コストに占める電力費の割合は約25%から約40%まで上昇した可能性がある。

また、インフレによる人々の家計防衛的な消費行動も人工光型植物工場にとって向かい風だ。人工光型植物工場産は露地産に比べ割高なため、例えばハイエンドのスーパーマーケットAlbert Heijnで人工光型植物工場産野菜を購入するよりも、より安価で家計の負担が少ない露地産をハードディスカウンターのAldiで購入する消費者が増えているとたやすく推測できる。

それでは、オランダの人工光型植物工場の活路はいずこにあるのか?エネルギーコストが安く、人々に購買力があり、かつ野菜の露地栽培が難しい地域が有望かもしれない。具体的には、サウジアラビア、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、アラブ首長国連邦等の中東諸国ではなかろうか。実際にInfarm社は経営資源をそのような地域に集中させる戦略を採用している。

1602年設立された東インド会社以来の貿易国家であるオランダは困難に直面する度に、国外に活路を求めてきた。オランダの植物工場のプロモーション団体であるDucth Greenhouse DeltaのWEBサイトでは重点国として、湾岸諸国を挙げている。嵐の只中にあるオランダの人工光型植物工場業界も先人に倣って国外に目を向け、したたかに生き残りを模索していくのだろう。

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