農政:どうするのか? 崩壊寸前 食料安保
【どうするのか?崩壊寸前 食料安保】正当な農業労働評価ぜひ 横浜国大名誉教授 田代洋一氏2025年4月22日
農業経済学者であり、集落営農、農協、生協といったさまざまな「協同」の取り組みの現場を訪ね、その息吹を伝える田代洋一横浜国立大学名誉教授。「シリーズ・どうするのか?崩壊寸前 食料安保」の中で、「新基本計画による食料安全保障の実現に向けて」と題して、その意味、行く末を解説してもらった。
横浜国大名誉教授 田代洋一氏
「国民と共に」の気概を
改正基本法に基づく第1回の基本計画(以下「新計画」)が閣議決定された。新計画は、「食料の安定供給」と「国民一人一人が食料を入手できる」という「平時からの食料安全保障を実現する観点」から策定された。
新計画は単体ではなく、閣議決定時の農水大臣談話、自民党・国会農水委員会決議と三本併せて読む必要がある。
まず農水大臣は、農業・農村を「国の基(もとい)」と切り出した。この言葉は新計画にはない。「農は『国の基(もとい)』との認識を国民全体で共有」という2020年基本計画(以下「前計画」)はから採ったものだろう。その前計画は、「食と農に関する国民運動の展開等を通じた国民的合意形成に関する施策」を結びとした。「農は『国の基』」を「国民と共に」実現する。これが基本計画の根本精神である。あれから5年。コロナ、ウクライナ侵略、トランプ旋風と危機は格段に深まった。新計画の実現にはよほどの気概が求められる。
食料安全保障には予算確保が必須
新基本法改正から新計画の策定に至る過程をリードしたのは自民党農林族だった。そこには、一向に上向かない食料自給率向上の旗印では、もはや農林予算や農業票は確保できないという危機感があった。
その自民党は、新計画の閣議決定に先立ち、「農業構造転換集中対策の推進等に関する決議」を行った。柱は「別枠での予算確保」であり、「競馬事業など農林水産予算の新たな財源確保方策を検討すること」である。前者は国会農水委員会での全会派一致での決議にも取り入れられた。
しかし「別枠予算」の確保は極めて厳しい。「補正予算で配慮」がせいぜいかもしれない。それさえ、昨年11月末の財政審は、補正予算の影響で農林予算の「総額の増額傾向が著しい」と釘を刺した。主戦場は既に6月骨太方針に移った。国民的支持なしに突破は難しい。
「水田政策の見直し」は新計画の一つの目玉だが、その「予算は、現行の水活の見直しや見直しに伴う既存施策の再編により得られた財源を活用する。このように、構造転換に必要な予算をしっかりと確保していく」としている。ゴチの「このように」とは、単なる予算の付け替えに過ぎず、財務省への気兼ねが感じられる。その払拭が必要だ。
輸出依存の食料安全保障でよいのか
新計画は、「人口減少に伴う国内市場の縮小は、避けがたい課題」として、輸出で「海外から稼ぐ力を強化することで、農業生産の基盤、食品産業の事業基盤等の食料供給力を確保」するとしている。すなわち<国内市場縮小→輸出強化→食料安定供給>の論理だ。
また、先の「水田政策の見直し」は2025年度中に具体化されるが、内容は生産調整政策の実質廃止だろう。すなわち<水田政策見直し→生産調整廃止→コメ輸出で需給調整>の論理だ。
この2つの論理をつなぐのは「輸出」。輸出自体は大切だが、輸出に頼って食料安全保障は確保できないことは、この度のトランプの関税騒動ひとつとっても明らかだ。
そもそも自給率が低い国にとって、必ずしも「人口減=国内市場縮小」ではない。なぜなら、自給率を高めることで国内市場を深掘りする可能性が大だからだ。特に日本には<食農教育→日本型食生活→自給率向上>の大きな伸びしろがある。新計画は、食料教育、日本型食生活等の消費に係る「目標」を追加すべきだ。
30本の目標、90本のKPIをどう使うか
実際の「目標」はどうなっているか。新計画は、達成年度を5年に短縮し、食料自給率に限定せずに多数の目標を設定し、そのためのKPI(重要業績確保指標)の達成状況を年1回は調査・公表し、施策見直しを行うとする。
ここには二面がある。まず、目標を30、KPIを90も立てられたのでは国民は戸惑ってしまう。基本目標とその実現に向けてのサブ目標に分けるべきだ。
他方、多数KPIを年々チェックし施策に反映させることは、政策透明度を格段に高める。国民は監視力と発言力を強める機会にすべきだ。
基本目標はカロリー自給率
表 基本計画における食料自給率等の目標
自給率関係の目標の変化を表にかかげた。国民の生存に係る先の基本目標は、これまで通り①とすべきだ。③の「摂取カロリー」とは国内居住者の体内に入るカロリー量で、一見「生存」に最も近く思われるが、供給カロリーの3/4程度に過ぎない。1/4は食品ロス等だが、それを無視するのは現実的でない。むしろ事業系のみでなく家庭系食品ロスの削減目標もKPIに加えることで①を補強すべきだ。またカロリーのそもそもの源としての飼料の輸入を無視する⑤⑥は、自給率計算の趣旨に反する。
自給率を支えるのは「ひと」と農地だが、⑦農地確保の目標412万haは、近年の年2.5万ha減の延長上の「成行き」数字に過ぎず、意欲的な目標とは言えない。「ひと」の目標は現在の4.8万人の「49歳以下の担い手」を維持することだが、これも現状維持的で、かつ多様な農業者が農業を担っている現実を無視している。
それに対し、先の自民党・農水委員会決議は、前者の表言では「規模の大小や個人・法人などの経営形態に関わらず担い手の育成・確保のための支援策」、「多様な農業者についても...その意欲的な取組を促進すること」を訴えている。
なお、改正基本法・新計画は「一人一人の食料確保」を食料安全保障の新定義としたが、「目標」は、買い物弱者・経済弱者の食品アクセス改善に取り組む市町村数等だけで、影が薄い。子ども食堂(みんなの食堂)や移動販売車への助成等、国の責任を明示すべきだ。
地域と農協への確かな視角を
冒頭の農相談話は、「地域政策を推進し、これを産業政策と車の両輪として実施」とした。これも実は前計画からの継承である。最近の農政は地域政策からの撤退著しく、それを引継いだ新計画も同様で、関係人口依存的である。「目標」も「農村関係人口の拡大がみられた市町村数」等で、これでは自治体任せで、国農政の果たす役割が不明である。国家・国土・食料安全保障は三位一体で追及する必要がある。
農協系統に対して新計画は、経済事業の強化、合理的価格形成の実現に向けた取組、スマート農業の推進、農業支援サービスの実施等を求めている。他方で、「経済事業の赤字を信用・共済事業で補填する収支構造がいまだ継続する中、近年、信用・共済の収支は減少傾向」としている。そんな古い指摘を新計画が何で繰り返す必要があるのか。
農政には、「地域計画」推進、環境負荷低減や有機農業支援等、農協抜きに取り組めない課題が山積している。食料安全保障には農協系統の「国消国産」運動が不可欠である。
食料安全保障に必要なもの
まとめると、食料安全保障は「カネ(予算)、ひと、農地、そして農業所得」の確保に尽きる。農業所得が低ければ「ひと、農地」も確保できない。合理的な価格形成が課題とされているが、資材価格や人件費の高騰分しか考慮しないのでは困る。正当な農業労働評価(リスペクト)なくして食料安全保障なし。
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