農政:トランプの世界戦略と日本の進路
【日米関税協議】米国産米の75%拡大を約束 不明朗なMA米制度露呈 農業ジャーナリスト・山田優氏2025年8月5日
日本政府は米トランプ政権との関税協議で合意にこぎ着けた。8月1日から発動する予定だった日本への25%関税を15%に引き下げる内容で、日本国内では経済界などから歓迎された。しかし日本が米国で多額の投資するという屈辱的な約束を強いられたほか、農業分野で米などの市場開放を飲まされた。政府は「ミニマム・アクセス(MA)米の総枠は増やさない」などとして沈静化を図るが、肝心の合意内容を巡って両国の主張が異なる。不透明さが残る今回の譲歩からは米国優遇策の上塗りが透けて見えてくる。(農業ジャーナリスト・山田優)
米大統領執務室でトランプ氏と交渉する赤沢亮正経済再生相(米ホワイトハウス提供)
合意文書の作成難しく
日本政府は協議の後に、農業分野で次のような日本側の譲歩を米国と合意したと発表した。
1 バイオエタノール、大豆、トウモロコシ及び肥料等を含む米国農産品などの購入拡大。関税は引き下げない。
2 MA米制度の枠内で、日本国内の米の需給状況等も勘案しつつ、必要な米の調達を確保――。
日本が積極的に米国産農産物を買い入れるが、具体的な数値目標は約束しなかったという内容だ。
一方で米国側の発表は異なる。交渉終了直後に米ホワイトハウスは、日米の合意事項だとするファクトシートを公表した。
その中で「農業と食品」に関しては次のような文言が盛り込まれた。
1 日本は米国産米の輸入を75%増加させ、輸入割り当てを大幅に拡大
2 日本はトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、持続可能な航空燃料を含む米国製品を80億ドル分購入――。
文言に含まれる農産物の項目は共通するものの、「数字のない努力目標に過ぎない」という日本と、「数値目標を含めて日本が約束した」と主張する米国で「合意」内容が大きく異なった。
トランプ政権は日本だけではなく、英国、欧州連合などとの関税協議でも合意文書を作成していない。「高率の相互関税導入の法的根拠を国家の安全保障の非常事態だとする以上、通常の外交交渉のような文書による合意のスタイルをとりにくい」というのが米メディアによる解説だ。異常な事態だから大統領権限によって大急ぎで対応しているふりをする必要があるという。同時にトランプ流のディール外交にとって、合意にあいまいさを残すことが望ましいという判断もあるのだろう。
一方の日本政府関係者は、協議が固まった段階で内容を文書にすると、その過程でトランプ大統領がさらに横やりを入れてくるとして、あえてあいまいに決着した舞台裏を説明する。
お互いが都合の良い理由を挙げた「あうんの呼吸」の中、日本の農産物市場開放が決まった。直後に小泉進次郎農相は「米輸入の総量が増えない形で合意した」「最善の交渉結果」と高く評価した。米国産の比率を増やす可能性に触れながらも、「MA米輸入枠は現在の77万トン分を増やさない。新たな市場開放だという見方は当たらない」と説明している。
トランプ政権は「米国産の米を75%増やすことが決まった」と主張し、日本側は「輸入総量は増えないから新たな市場開放ではない」と主張。一見すると矛盾するような言い方だが、行間を読むと何らかの手法で日本側がMA米の米国産シェアを拡大することでトランプ氏のご機嫌を買ったことがあぶり出されてくる。
ここから先は筆者の想像だが、日本側は米問題で次のような説明を米国側に示したのではないか。
「日本で米需給がひっ迫し、本来100万トン必要な政府備蓄米も底をつきかけている。SBS米(10万トン)を除いた67万トンの中から、備蓄米の積み増しと不足が深刻な酒造や米菓など加工用米向けとして数十万トンを流用することを検討している。日本の消費者が好む中短粒種を提供できるのは米国だ」
交渉の中で、さまざまな数字が飛び交ったことは間違いない。都合の良い部分を切り取ってトランプ政権側が「米国産米を75%増やす」と宣伝。日本側はあくまでも試算の一つに過ぎないという立場を保ち、折り合った。
政府備蓄や加工用米が足りなくなっている中、米国産の輸入拡大に踏み切ったとしても国内から反発を最小限に抑えられるという計算も日本政府内にはあるはずだ。
日本政府が合意文書のかたちで米国産米の優遇を明記しなかったのにはもう一つの理由があった。MA米は世界貿易機関(WTO)のルールに基づいて運営される。米輸入先は国の都合で決めず、純粋に商売上の判断で決めることが求められる。政府が勝手に輸出先のシェアを決めるようなまねは禁じられている。自由な貿易を実現するためにはWTO加盟国が平等なかたちで競争するべきだという理念があり、政府間の合意文書のようなかたちで「米国産の米を〇〇トン輸入する」と書き込むとWTO違反として他の米輸出国から訴えられる恐れがある。
店頭に並ぶカルローズ米
30年に及ぶ露骨な優遇
日本は30年に及ぶMA米の輸入で露骨な米国優遇を続けてきた前科がある。他の輸出国は事情を知っているから、米国産がさらにシェアを伸ばすことを見過ごさない可能性がある。
毎年、MA米の買い入れ先で米国産のシェアが毎年決まって半分を占めてきた。正確に言うと微妙に半分を下回る47%ほどだ。
米国産の米がMA米の中で占める割合を折れ線グラフにすると、半分をやや下回るところでほぼ横一直線になる。世界で米騒動があって日本がMA米輸入を減らした2007、08年度と、米国カリフォルニア州で米の大減産があって輸出余力が無くなった2022年度を除くと、見事に米国産のシェアは一定している。一方のタイ、オーストラリア、中国産などは年による変動が大きい。
米は小麦やトウモロコシと異なり、自給的な性格が強く、多くの輸出国は国内需要を満たした上で輸出する。国際市場に出回る米の産地は年によって変わることが少なくない。ところが日本のMA米の輸入先はトップの米国産が不動のシェアを確保してきた。
農水省は国会答弁などで野党側に対して米国産が半分を占めてきた理由について、「時々の需給を見極めて輸入先を決めている。たまたま半分近くが米国からの調達になっただけだ」と一貫して強弁してきた。米国を優遇していないという立場だが、これは大うそだ。
MA米の入札に詳しい商社の関係者は「農水省が毎年米国産を47%買うことを前提にしてすべての商社が計画を立てる」と証言する。米国側の米業界も日本政府が毎年同じ数量を買い上げることを当然のことと受け止め、「本来なら半分の50%を買うべきだ」と主張した事実もある。
米国産シェア保証はWTOルールに反するだけではなく、日本の納税者や農業者に重い負担を背負わせている。
納税者への負担も重く
アジアの米に比べると、米国産は場合によっては数倍も割高だ。MA米の大半は、一部の主食用を除き飼料用に安値で払い下げられる。豚や鶏が「米国産がうまい」というわけもなく、高値の米国産を多く買うのは政府の都合だ。
もともとMA米全体の維持に注ぎ込む税金は、近年毎年700億円に近い。その分、限られた農政予算から差し引かれる。農水省は赤字の理由として円安や近年の米の国際相場の上昇を挙げる。この説明そのものは間違いではない。しかし、高価な米国産を買い入れることで、必要以上に赤字額を押し上げていることには触れない。
防衛費の思いやり予算に象徴されるように、外交や軍事で頭の上がらない米国に対する配慮は、日本政府の最優先事項。米輸入までその配慮が及んでいると考えると分かりやすい。だが、思いやり予算が国会で審議される半面、米輸入は国民に隠している点でもっと悪質だ。
今回の日米合意は、これまでのMA米をめぐる不明朗な運営をさらに拡大することになるだろう。
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