農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
欲しいだけ食料を輸入できる時代は終わる(2)【薄井寛・元JC総研理事長】2018年10月23日
◆激増する中国の海外農業開発投資
中国人にとって食用油の消費は食の豊かさの象徴。肉や魚介の消費増にも直結する。1970年頃までの中国の一般家庭では、油炒めの料理を食べるのが1週間に一回程度。野菜やイモ類の煮物料理が中心であったが、その後は肉と食用油の消費がともに漸増し続けて今日に至る。同様の傾向はインドやインドネシア、イランなどのアラブ諸国に広がり、開発途上の人口大国による食料市場への大規模参入が今後も国際価格をじりじりと引き上げていくのは必至である。
こうした事態に対応して中国は、アフリカやアジア、ロシア極東地域などへの農業関連投資を増やし、合弁企業などによる食料開発輸入に力を入れる。2007―16年の10年間、中国による農林漁業関係の海外直接投資額は3億ドルから33億ドル(約3600億円)へ11倍増。習近平国家主席が推進する「一帯一路」の巨大経済圏構想では、海外農業開発戦略が「一路」へつながっていると、米国農務省は見ている。
食料自給率38%の日本にとっても、農畜産物の安定的な輸入確保は至上命令だ。それだけに、一部の輸出国における不作やメガディザスター(巨大災害)による供給異変が起これば、人口大国との輸入競争が激しくなるのを覚悟しておかねばならない。そうかといって中国の向こうを張り、海外への農業開発投資を国家プロジェクトとして進められるほど、今の日本に財力はない。国内に新たな耕地を開発し、その耕作者を確保することも困難だ。
不測の事態に備えた行動計画の策定を
政府は2002年、「不測時の食料安全保障マニュアル」を策定し、「緊急増産」や「(熱量効率の高いイモ類などへの)生産転換」、「(農業への)石油の優先的確保」など、不測時のレベルに応じた各種の施策を整理した(2012年に「マニュアル」を「緊急事態食料安全保障指針」へ改称)。また、2013年度には穀物中心とイモ類中心の食料自給力指標をそれぞれ提示し、輸入途絶などの緊急事態に備えてイモ類等への生産転換も想定していることを明らかにした。
しかし、残念ながら、こうした指標の提示にはその実施に向けた行動計画が備わっていない。それに、イモ類を中心とした食料自給力の試算は、「生産に必要な労働力は確保されている」、「肥料、化石燃料などの生産要素は十分に確保されている」などが前提。このような試算に基づく「自給力」の提示では、国民がそれを信頼し、食の備えへの不安を払拭することにはつながらない。
現在の生産量が80万tほどしかないサツマイモの緊急増産と言っても、一朝一夕にはできそうもない。鹿児島・茨城・千葉・宮崎の4県に生産量の80%が集中するなか、水はけが良く、窒素分の少ない生産適地を他県で大規模に確保するのは至難のワザだ。大量の苗を各地の適期にあわせて供給する体制を作り上げるだけで、相当な期間を要し、緊急増産など望むべくもないだろう。
国連の協力機関CRED(災害疫学研究センター)の「自然災害の人的コスト2015年」によると、自然災害による我が国の経済的損失額(1994―2013年)は米国の7390億ドルに次ぐ4280億ドル。日本は世界第二の自然災害大国なのだ。近年、メガディザスターが頻発するなかにあって、その日本が食料自給率を38%に下げた。
局地的な飢餓の情報がネット上で拡散することなどにより、食料危機への国民の関心と懸念がいつ高まることになってもおかしくない状況に、今の日本はある。政府が、「緊急事態食料安全保障指針」に基づく必要な施策を実行するための明確な行動計画を提示し、それを着実に実施して国民の不安に応える。もはやその時期に来ている。WTOルールの「緑の政策」の枠内で、米の備蓄のみならず、他にどのような効果的施策を最大限に実施していくことが可能なのか。必要な予算をどれだけ、どう準備すべきなのか。緊急事態に備え国民は何を分担すべきなのか。その分担をどう促していくのか。「指針」の提示に留まることなく、政府が急いでやるべきことはまだまだある。
不測時の食料安保を確保するための中長期的なアクション・プログラムを具体的に策定し、その実施を始めていくことこそが、食料自給率をこれ以上引き下げないための歯止め策につながっていく。そのためには、「防災省」を設立するのも必要だが、まずは農林水産省内に「食料安保推進部署」を開設し、「防災省」の取り組むべき方向を国民へ先に示していくことが望まれる。その際には、「人・物・金」を相当規模で投入することなしに、食料自給率の引き上げも緊急事態での食料確保も困難だということを、躊躇することなく、国民へ伝えなければならない。食料供給の安心をただで手に入れるのはそもそも不可能なことなのだ。
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