栽培技術:時の人話題の組織
【時の人 話題の組織】山内稔・JA全農肥料農薬部技術主管 鉄コーで目指すのは生産者の手取り向上2014年5月16日
・研究成果のゴールは事業化
・アジアやアフリカで稲作を研究
・水に浮かない種子を開発
・地域で、どう力を発揮するかが課題
・水田農業を進化させる技術
稲作における生産コストの抑制と生産者手取りの向上、深刻な中山間地問題など、日本農業の根幹である水田農業の諸課題に応える新しい栽培技術としていま鉄コーティング水稲直播栽培技術が注目されている。
この技術を研究開発した山内稔氏は、既報のように文部科学大臣技術賞を受賞した。そこで山内氏に開発の経過とその目指すものなどについて聞いた。
◆研究成果のゴールは事業化
研究者が研究の成果をまとめ論文を書くのは当たり前のことで、それはゴールではありません。その研究成果は個人レベルの研究者には役立つでしょうが、生産者には役立ちません。ゴールは、工業関係ならいい製品を作ることですし、医学では病院など医療現場で役立つことです。私たち農業関係の研究者にとっては、農業の現場で生産者の役に立つことです。そのためには、事業化が必要です。
そのために、近畿中国四国農業研究センターを退官後、2013年4月にJA全農に入り、研究成果を事業化することを最優先課題に取組んでいます。なぜなら「これは急ぎの課題」だからです。
―山内さんが考えている「急ぎの課題」とは…
私がいた農研センターは、広島県の福山市にありますが、広島県でも、高齢化や耕作放棄など中山間地問題が深刻で、これに対応しなければいけないという思いが、研究開発の「原動力」でした。
もう一つは、生産規模が大規模になると、育苗が間に合わないという問題があります。鉄コーティングなら、種子の作り置きができるとか、播種時期をずらすことで収穫期を調整するなどのメリットがあり、大規模化にも対応できます。さらに生産の省力化・効率化ができるので、国の政策目標である「水稲栽培の生産コスト4割カット」にも対応できることです。
こうした「急ぎの課題」に応え事業化を実現することで、とりあえずめざすゴールは「生産者の手取り向上」です。その過程で、専門の技術をもった事業者と総合力をもった全農のような組織が連携して動き、事業者も一定の収益が確保できればいいと思います。
◆アジアやアフリカで稲作を研究
山内さんは1977年に九州大学農学部農芸化学科を卒業し、82年に同大大学院で農学研究科農芸化学を専攻し博士号を取得。大学院では「光合成など極めて基礎的な研究」で、稲とはまだ距離があったという。
そしてフィリピンにある国際稲研究所(IRRI)に入り、稲の収量を高めるためのハイブリットライスの研究を2年する。その後、85年からアフリカのナイジェリアにある国際熱帯農業研究所(IITA)から稲の生理学の研究をしないかという誘いを受け、2年間、土壌中における鉄分の問題や珪素不足など肥料を中心に「稲の植物栄養」について研究する。
この当時、アフリカでは食糧危機が深刻化し、日本からも農水省のミッションで視察に訪れる人も多く、そのときに知己を得た人から「農水省に入らないか」という話があって、87年に国際農林水産業研究センターに移り「つくばで研究生活」をする。
そして90年から5年間、農水省のプロジェクトの一員として再びIRRIに行く。ここで、水稲の直播の研究が始まる。94年に日本に帰り、中国農業試験場土壌管理研究室長、99年から近畿中国四国農業研究センター土壌水質研究室長、上席研究員等を経て、昨年4月から全農肥料農薬部技術主管となる。
◆水に浮かない種子を開発
2回目のIRRIでは、できるだけ資材を使わない低コスト直播技術について研究し、日本の酸素発生剤カルパーに替わる機能をもった品種、カルパーコーティングしなくても芽が出る品種を探し栽培技術を作り上げてきました。
ところが広島に帰ってきたら、日本では良食味米でないとだめなので、コシヒカリやヒノヒカリで資材を使わず低コスト生産できるような研究を始めました。
ところが、細かな水管理やていねいな栽培管理をすれば、試験ほ場ではなんとかなるんですが、一歩、試験場の外に出ると、生産者には研究者のような管理をする暇がないのでうまくいかず、資材ゼロでは難しいということになりました。
何が問題かというと、水管理が非常に難しい。その典型的な問題が、直播した種子が浮いてしまうということです。これは日本だけではなく、アジアの国など、代掻きをして直播するところで起きる問題です。
そこで、水がずっとあっても、細かな水管理をしなくても直播栽培できる低コスト技術をということで、種子が浮かないようにと考え、いろいろな金属を試しましたが、人との歴史的な関わりや安全性、コスト面からみて「鉄」が一番ふさわしいと考え、鉄コーティングになりました。
(写真)
鉄コーティング種子
◆地域で、どう力を発揮するかが課題
2004年に特許申請しオープンな研究になりましたが、05年から06年ころに農機メーカーのクボタが、新潟県の一生産者を対象に実証し、使える技術だということで全社的に取組みがされるようになります。その後、07年に全農が農研機構と連携協定を結び一緒にやるようになりました。
クボタは機械メーカーとして鉄コー専用の直播機を開発販売しています。そこに全農が加わり、肥料、農薬、栽培技術と総合的に取組めるようになりました。
開発当初の技術は、病害虫防除も除草技術もまだまだで、何とか直播ができそうだという粗いものでした。
それでもとにかく取組んでみようという生産者の熱意があり、少しづつ技術がアップし、この10年でかなりレベルアップしました。そして、今年の1月には全農が全国推進大会を開催、全国的に普及を始めました。
現在の状況は、多収穫米など品種も揃っていますし、飼料用稲も国が種子を開発するなど、鉄コーティング水稲直播技術は、本当に収量を取るという本来の農業に切り替えるポイントになります。
機械化体系もクボタやヤンマーなどメーカーの努力で出来上がってきています。肥料についても鉄コー専用肥料で収量があがることが分かっていますので、これを普及していくことです。
農薬については、登録との関係で難しい面はありますが、特殊な病虫害はないので当面は本田防除でいけると思います。ただし、省力化という視点からは、移植栽培における箱施用剤のレベルが高いので、種子コーティングと同時にできる箱施用剤に相当するレベルの技術を開発しなければいけませんが、すでにメーカーと連携して取組んでいますから、開発は時間の問題だと考えています。
鉄粉についてはすでにできていますから、技術的にはトータルで95%くらいはできています。
あとは、こうした総合的な技術をどう地域で発揮するかです。そのために全農は4月から東西で6回、JA営農指導員などを対象とした講習会を開催しているわけです。
◆水田農業を進化させる技術
日本の水田農業は、機械化や肥料・農薬の進歩で効率化・省力化でき、兼業が可能となり日本経済を支えてきましたが、それがいま限界にきているのではないでしょうか。農業も進化する必要があり、そのための次のステップとしての新しい技術がこの鉄コーティング水稲直播技術だと思っています。
鉄コーでは、技術が総合的になっており、日本農業の根幹である稲作のシステム全体を切り替えることになりますから、個別メーカーではなく、総合力をもつ全農が中心的な役割を果たす仕事だと考えます。
これからは、全農が中心となりながら、各メーカーや地域の農協などが連携して普及していかなければいけないと考えています。
そして生産者は、手っ取り早く種子を直播して、省力化してできた時間を上手に使い野菜などの栽培をしたりすることで、水稲の生産コスト抑制だけではなく、所得そのものを増やすこともできると思います。
そのことを実現するのが、私たちのめざすゴールだと考えています。
(写真)
無人ヘリによる種子の散布風景
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