植草一秀氏を農村で読む2016年9月5日
雑誌『月刊日本』が「貧困・格差・TPP」と題して増刊号を出した。まことに時宜を得た出版である。
貧困は全ての経済問題の中心に位置する最も重要な問題である。そのことは、今も昔も変わらない。経済問題としての貧困だから、第1義的には、物質的な生活の中での貧困である。精神的貧困などという生易しい問題ではない。人間の生死にかかわる重大な問題である。
そして、唯物史観を引きあいに出すまでもなく、経済的貧困は全ての社会活動での、また、全ての人間活動での、貧困の土台になっている。
この貧困問題を、経済問題の核心にあるものとして、真正面から取り上げたこの雑誌を、高く評価したい。いま、マスコミに求められているのは、こうした本質的な議論である。
この出版計画に応え、真摯な論説を寄せた25人の執筆者諸氏に、一読者として深甚な敬意を表したい。
さて、貧困には絶対的貧困と相対的貧困とがある。絶対的貧困とは、貧困が原因して生命を保てない、というほどの貧困である。
以前にはこうした貧困が日本にもあったが、しかし、今は無くなった、とする言説がある。しかしそうではない。日本には、今でも絶対的貧困が、経済問題の中心に居座っている。それは、マスコミが、ほとんど毎日のように伝えている。
格差の問題は、相対的貧困の問題である。つまり、貧困が原因して、人間としての体面を、他人なみに保てない、という貧困である。
だからと言って、絶対的貧困と比べて軽微な問題というわけではない。格差は、今や日本だけでなく、世界中を揺るがす大問題になっている。そして、絶対的貧困の予備段階になっている。
これらの貧困問題を引き起こしている経済政策は、市場原理主義の政策である。そして、その政策の完成型としての頂点にTPPがある。
以上の問題を果敢に取り上げたのが、この雑誌である。
◇
以下では、この雑誌に書かれている植草一秀氏の論説を取り上げてみよう。農村の人たちは、この論説をどのように読んだか。
同氏の論題は「戦争と弱肉強食から平和と共生へ」である。ここ数十年間の日米関係は、米国による日本の植民地化の過程だったとしている。その中で、TPPは日本の国家主権を奪い、植民地化するための最終兵器だ、と断じている。
その位置づけのもとで、TPPが日本に及ぼす各方面への具体的な影響について、綿密な、そして簡潔な論説を展開している。もちろん、日本農業へ及ぼす壊滅的な影響も網羅的に、かつ明快に論じている。
同氏のこの論説について、筆者は大筋で合意する。しかし、細部のところで理解しにくい点がある。その点を述べてみたい。同氏の全ての論説を精読した上での論評でないことについて、あらかじめご容赦を願っておく。
◇
理解しにくい第1の点は、TPPで利益を得て、だからTPPを推進している者は誰か、という点である。
同氏は、「アメリカとグローバル強欲巨大資本」だという。
ここで理解しにくいのは「と」の意味である。つまり、「アメリカ」と「グローバル...」との関係である。このままでは、「アメリカ」と「グローバル...」が対等の関係と見られてしまう。
そうではなくて、「グローバル...」が「アメリカ政府」という、世界を支配する機関を利用して...という意味ではないのか。そうだとすれば、「アメリカ」は「グローバル...」の意向に忠実に従うだけの、単なる代理人にすぎない。とすれば、代理人は「アメリカ」ではなく「アメリカ政府」だろう。そのほうが、事態を正確に理解できる。
「アメリカ」には、TPPを推進する政府だけでなく、サンダース氏やトランプ氏を支持する国民も大勢いて、TPPから何の利益も得られず、TPPは、むしろ不利益になるのでTPPに反対している。だから、国民と政府を分けて論じなければならない。
◇
同じようなことがもう1つある。それは、「グローバル強欲巨大資本」という用語である。資本に「強欲」でないものがあるのか、という疑問である。そして、「強欲」でない資本のもとでなら、「貧困・格差」はなくなるし、TPPを推進してもいい、と考えているのだろうか。
この考えは、民進党の考えであるし、クリントン氏の考えでもある。いまの政府のTPP合意には反対、というのが両者の選挙公約である。同氏もそのように考えているのだろうか。理解に苦しむ。
◇
言葉じりを捉えているのではない。煩瑣な議論をしようと考えているのでもない。正確な用語を使わないと、せっかくの論説が誤って理解されることをおそれている。
それと同時に、反対運動を考えるとき、どのような人たちが貧困と格差を容認し、TPPを推進しているか、そして、どのような人たちが、それらに反対しているか、が分からなくなる。
それでは、力強い反対運動が展開できない。それは、同氏が望むことではないだろう。筆者は、そのことを危惧している。
◇
いま、農村の反TPP運動の一部に混乱がみられる。
政府とその周囲の評論家は、TPPはすでに決まったことだ、だから、いまさら批准は拒否できないとし、多くのマスコミを使って、悪質な宣伝をしている。
その上で、政府はTPP対策費として多額の予算をバラ撒こうとしている。汚いカネで農業者の頬を叩き、反対運動を挫折させようと目論んでいる。
それに対して一部の農業者は、あくまで反対を貫くべきかどうか迷っている。
このような状況のもとで、反TPPの論者がなすべきことは、TPPによる農業者の、そして経済的弱者の計り知れない被害は、カネで解決出来るほどに生易しいものではないことを、強靭かつ綿密な論理で論証することである。そして、経済的弱者にとっては、TPPから撤退する道しかないことを、平明に証明することである。
さらに、TPPを拒否したあとに、どんな明るい未来像が描けるか、を示すことである。それが、TPP反対運動の何よりも力強い応援歌になるだろう。
(2016.09.05)
(前回 反TPP運動の新段階)
(前々回 安保法に賛成した衆議院議員たち)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
【特殊報】果樹などにチュウゴクアミガサハゴロモ 県内で初めて確認 兵庫県2025年12月16日 -
【特殊報】トマト青かび病 県内で初めて確認 栃木県2025年12月16日 -
【プレミアムトーク・人生一路】佐久総合病院名誉院長 夏川周介氏(中)農村医療と経営は両輪(1)2025年12月16日 -
【プレミアムトーク・人生一路】佐久総合病院名誉院長 夏川周介氏(中)農村医療と経営は両輪(2)2025年12月16日 -
全中 新会長推薦者に神農佳人氏2025年12月16日 -
ひこばえと外国産米は主食用供給量に加えられるのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年12月16日 -
米トレサ法で初の勧告措置 「博多天ぷら たかお」が米産地を不適正表示2025年12月16日 -
鳥インフルエンザ 兵庫県で国内7例目を確認2025年12月16日 -
「第3回高校生とつながる!つなげる! ジーニアス農業遺産ふーどコンテスト」受賞アイデア決定 農水省2025年12月16日 -
「NHK歳末たすけあい」へ150万円を寄付 JA全農2025年12月16日 -
米の流通に関する有識者懇話会 第3回「 研究者・情報発信者に聴く」開催 JA全農2025年12月16日 -
【浅野純次・読書の楽しみ】第116回2025年12月16日 -
北海道農業の魅力を伝える特別授業「ホクレン・ハイスクール・キャラバン」開催2025年12月16日 -
全自動野菜移植機「PVZ100」を新発売 スイートコーンとキャベツに対応 井関農機2025年12月16日 -
Eco-LAB公式サイトに新コンテンツ開設 第一弾は「バイオスティミュラントの歴史と各国の動き」 AGRI SMILE2025年12月16日 -
国内草刈り市場向けに新製品 欧州向けはモデルチェンジ 井関農機2025年12月16日 -
農機の生産性向上で新製品や実証実験 「ザルビオ」マップと連携 井関農機とJA全農2025年12月16日 -
農家経営支援システムについて学ぶ JA熊本中央会2025年12月16日 -
7才の交通安全プロジェクト 全国の小学校に横断旗を寄贈 こくみん共済coop2025年12月16日 -
北海道上川町と未来共創パートナーシップ協定を締結 東洋ライス2025年12月16日


































