【小松泰信・地方の眼力】一歩の格差2018年2月21日
この2月、二度も北海道を訪れる機会を得た。一度目はJA新得町創立70周年記念式典、二度目は音更町と旭川市でおこなわれた“食と農のつどい”(主催日本共産党)。さまざまな苦難を乗り越え、農業王国を築きあげてきた農業者に出会えた貴重な機会だった。そして、いつか訪れたいと思っていた富良野に泊まり、『北の国から』の名場面を少しだけ思い出させていただいた。
◆ぽっぽが来ない「幌舞駅」の今
冬の北海道での思い出に浸っている筆者に、東京新聞(2月18日)の"路線存廃に揺れるJR北海道と地元"という見出しの記事が、北海道が直面する現実を突きつけてきた。
取り上げられているのは、南富良野町にあるJR根室線幾寅駅。映画「鉄道員(ぽっぽや)」で「幌舞駅」として使われた、知る人ぞ知る駅である。しかし、同線が台風被害にあった2016年8月以来この駅に列車は来ていない。JRの試算によれば、当線の復旧には10億5千万円かかるとのこと。今後の方向が決まるまで、工事は始めないそうである。もちろん廃線となれば、通学に使う学生や病院通いの高齢者にとっては痛手である。「町はまず災害復旧を求めている。(工事をしないというJRとの)議論は平行線だ」と語るのは、町企画課長である。
◆超低金利政策が顕在化させた国鉄民営化の負の側面
JR北海道の経営を厳しくさせている構造的原因について、畠山和也氏(日本共産党前衆議院議員)は「『オール北海道』で鉄路の維持・存続へ」(『経済』2018年3月号)で次のように解説している。
「30年前の国鉄の分割・民営化時に、もうかる『ドル箱路線』を持たない北海道、四国、九州の3社には国が経営安定基金を積んで、その運用益で赤字を補てんする仕組みがつくられました。北海道は6822億円の基金を金利7.3%で運用して、約500億円の赤字を補てんする想定」だった。しかし、その後の国と日銀の超低金利政策によって運用収益は大幅減。14年度は226億円と半減。減少した分の合計は、約4600億円にも及ぶとのことである。
打った手が、「不動産事業の拡大」と「鉄道の補修・保線など安全面での人減らし・リストラによる経費削減策」。この経費削減策が裏目に出て、事故や不祥事の続発となったことは記憶に新しいところである。まさに負のスパイラル。
地域交通政策を専門とする武田泉北海道教育大学准教授は、前述の東京新聞に「本州の都市部と違い、広大な土地に小都市が散らばる北海道の鉄道が利益を上げられるはずがない」「道路予算の一部を鉄道に使えるようにする。全国の都市部の運賃に不採算路線を維持する『ユニバーサルサービス』料金を上乗せしてもいい。道が国の関与を明確に求めると共に、今の法律や制度を抜本的に見直して多様な策を講じなければ、在来線をただ切るだけの単純で結論ありきの議論に終わる」と、興味深いコメントを寄せている。
畠山氏が示した国鉄民営化の負の側面が、超低金利政策で顕在化し、道民から大切な移動・輸送手段を奪うとすれば、国の責任は免れない。
◆「晴れの国」の足は大丈夫かい
足元がおぼつかないのは「北の国」だけではない。「晴れの国」岡山にも陰りが出てきた。
毎日新聞(9日)の岡山版によれば、「両備グループは8日、県内で運行している路線バスのうち31路線の廃止届を国土交通省中国運輸局に提出...。いずれも乗客が少ない赤字路線。廃止届の背景には、路線バス全体の収支を支えている別の黒字路線に格安業者参入の動きがあり、これをけん制する狙いがある。新規参入が取りやめになれば、廃止届も取り下げる方針」とのこと。
グループの小嶋光信代表は「不当な競争を引き起こす恐れがある運賃で、認められるべきではない」「『もうからない会社は潰れろ』という考えを持つ道路運送法の抜本的な改革が必要だ。このままでは地方の公共交通機関を維持できない」と、怒りを隠せない。
山陽新聞(9日)は、小嶋氏が「バス事業は30~40%の黒字路線で残りの赤字路線を維持している。黒字路線に新規参入されれば赤字が膨らみ、全体を維持できなくなる」と述べたことと、同グループの試算は4割超の減収を予想していること。また一方の当事者である八晃運輸が、「まだ新路線の運行が始まっておらず、何も結果が出ていない段階で今から赤字路線をやめるというのは理解しがたい。利用者目線で考えてほしい」と、述べていることなどを伝えている。
制度に則った申請であるため、申請者の行動に制度上の非はない。しかし「赤字路線」「利用者目線」を語るなら、赤字路線を足としている利用者への目線について、運輸業者としての見解を開陳していただきたい。
唖然としたのは、中国運輸局が新路線の開設を8日の夜に認可したことである。「なにゆえ認可を急がれたのか、真意がわからない」との小嶋氏のコメントには同感。ついつい、一筋縄ではいかない動きを感じてしまう。
◆「移動の権利」なかりせば、地方創生は画餅に帰す
山陽新聞(17日)によれば、16日に岡山市内で開かれた衆院予算委員会の地方公聴会で、小嶋氏が「全国の地域公共交通を守るための問題提起」「赤字路線を支える黒字路線を狙い撃ちにした参入が認められれば、地方の公共交通網はずたずたになる」と訴えた。また、競争をサービス向上につなげようと企図した道路運送法改正(2002年)を取り上げ、「首都圏と地方で異なる事情を顧みずに規制緩和した」と国の姿勢を批判した。そして、廃止届の撤回条件を問われ、同法の見直しや、「交通関連税」の創設を例示し、国が財源を確保し、地域公共交通網を守る財政基盤をつくることをあげている。
問題の根と構造は北海道の鉄路と同じである。
"経営格差の影を見よ JR分割民営30年"と題した東京新聞の社説(2016年10月26日)は、「納得がいかないのは『地方創生』を声高に叫びながら地方路線の存廃問題をJRと地元に任せきりの政府の姿勢である。整備新幹線やリニア中央新幹線に数兆円の財政投融資を決め、建設に前のめりなのとはあまりに対照的だ」「利権にはめざといが、『負の遺産』の後始末は知らんぷりとの批判は免れまい」と手厳しい。そして、地域格差の拡大を危惧して、「『整備新幹線の建設加速によって地方創生回廊をできるだけ早くつくりあげる』と意気込むが、切実な地方路線問題にもっと目を向けるべき」と、首相に注文を付けている。
畠山氏は前述の論考の最後で、「鉄道会社間に大きな格差をもたらした分割と、鉄道事業さえも市場まかせにしてきた民営化という路線の破たんは明確」とし、「国民の『移動する権利』を保障するのは国の責任」と、明快である。
黒字路線の利用者に、「あなたの運賃には赤字路線への負担が含まれています。あなた方は、もっと安い運賃で利用できますよ」、という文脈は、農業批判の時に繰り返されるフレーズと同じ思想から生み出されている。
市場原理至上主義に基づいた、安易な規制緩和と競争原理の導入がもたらす移動条件の格差を"一歩の格差"と呼ぶならば、この格差の拡大は、地方に疲弊こそもたらしても、創生をもたらすことはない。
「地方の眼力」なめんなよ
(コラム「地方の眼力」の過去の記事)
・「民意を得た」のはだれだ(18.02.14)
・"おしどり"イロイロ(18.02.07)
・大統領ついでの首相 SDGsって知ってる(18.01.31)
・農林水産 "辛" 時代と三安主義(18.01.24)
・米騒動、今年あったら百年目(18.01.17)
・ギグエコノミーと地方の底力(18.01.10)
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