【小松泰信・地方の眼力】ギグエコノミーと地方の底力2018年1月10日
高校を卒業して5年ほど経った男性の話を聞く機会があった。東京都在住のクラウドワーカー。つまり企業やその仲介業者がインターネットなどを介して発注する業務を受注する労働者である。クラウドとは、不特定多数の〝群集〟(crowd)のこと。
彼は、群衆の一人として得意のプログラミング的な仕事の他に、葬儀や結婚式へのサクラとしての参列などを請け負っていた。都会に棲む若者の不安定な働き方志向の一面を知り、その危うさに暗く重たい気分になった。
◆ギグをキグすることはキユウではない
クラウドワーカーと言う名の〝非正規労働者〟によって成立する経済形態をギグエコノミー(Gig Economy)と呼ぶ。
東京新聞(1月7日)の社説は、「個人が雇われずに仕事を請け負う。自由な働き方だが健全な経済を破壊しかねません」と、その広がりに警鐘を鳴らしている。
「ワーカーは雇用されているわけではないので最低賃金の保障はないし、労働者を保護する労働基準法などの適用もありません。この新しい働き方は、場所と時間の自由は『吉』といえますが、報酬や身分保障面は『凶』」とのこと。「凶」が質の悪い商品やサービスを出回らせて、健全な仕事を淘汰させ、経済秩序そのものを脅かすことを危惧する。さらに海外における、使用者責任を免れた仲介業者による搾取の存在を示し、これらへの対抗手段として、ワーカーらによる組合づくりや、行政による事業認可の取り消しといった規制強化の動きを伝えている。
「ところが日本はまるで逆を向いている」と指弾し、わが国政府が、ギグエコノミーを称賛する真の狙いは、「雇用を流動化し、日本型雇用の見直しを進める。雇用によらない働き方や労働時間規制の抜け道となるテレワークは、その一環」と、鋭い指摘。
浜矩子氏(同志社大学教授)も同紙(2017年11月26日)において、ギグエコノミーをお座敷がかかればそこに出かけて芸を演じることになぞらえて〝お座敷経済〟と呼び、俎上にあげた。「労働者としての権利が全く守られない。長時間労働も、自己責任だということになる。...競争が激しければ、ギグ労働者はいくらでも自分の能力をたたき売りすることを強いられる。いつまででも、働き続けることを余儀なくされる」ことなどから、ギグワーカーが搾取の餌食になる可能性が大きいことを強調する。
そして、「お座敷の世界に足を踏み入れれば、労働法制で守られる世界から出て行くことになる」にもかかわらず、日本の政治は税金の優遇措置をちらつかせてお座敷に誘っていると慨嘆し、「どうも、何とも怪しげだ」と、警戒警報を発令する。
安倍一狂の所業の一つでも思い出せば、ギグエコノミーに対するこれらの危惧の念が、決して杞憂ではないことは明らかである。一狂の周りの規制虫にとっては、またまた垂れてくる甘い汁。働き方改革で展開されているテレワーク(在宅勤務などのインターネットなどを活用した、場所や時間にとらわれない働き方)の推進といった布石が、これからも打たれ続けるはずである。
◆容易に想定される賃金破壊
「群衆が増えれば増えるほど、〝労働の供給過剰〟によって賃金は低下する」という悲しむべき事態は、それほど遠くない時期に現実のものとなる。群衆の中に、腕に覚えがある定年退職者や女性が多数参入する可能性が高いからだ。
このことを毎日新聞(12月21日)の「日本の世論2017」(毎日新聞と埼玉大学社会調査研究センターが2013年から毎年実施。全国2400人の有権者が対象。有効回答は1353人、有効回答率56%)が教えている。
注目すべき質問項目とその回答結果は次の4項目。
【今、最も不安に思うことを次の中から選んでください】への最も多い回答は、「老後の生活」(43%)。これに「自分や家族の健康」(22%)、「テロや戦争」(11%)が続く。
【重視する政策を選んでください。(いくつでも)】への最も多い回答は、「年金・医療」(74%)。これに「景気対策」(45%)、「子育て支援」「外交・安全保障」(36%)が続く。
【老後になっても、可能な限り働いていたいと思いますか。すでに退職後の方は、今の思いについてお答えください】への回答は、「働いていたいと思う」(55%)、「働いていたくないと思う」(30%)、「わからない」(13%)。
【老後になっても、暮らしていくために働かざるを得ないと思いますか。すでに退職後の方は、今の思いについてお答えください】への回答は、「働かざるを得ないと思う」(65%)、「働かざるを得ないとは思わない」(20%)、「わからない」(13%)。
ご長寿リスクが高まる中で、経済面、精神面、両面での充足を希求する人々にとって、自由度が高くて報酬が得られる仕事は魅力的なもの。老若男女がギグ市場にあふれて、仕事を奪い合う。賃金は下がることはあっても上がること無し。この事態は冒頭で紹介した都市部の若者にだけ生起するものではない。テレワークのテレが意味する〝離れたところで〟は、全国津々浦々で起こることを暗示している。地方移住者を主たる対象として、当該事業に取り組んでいる自治体もすでに存在している。テレワークやギグエコノミーを全否定するわけではない。しかし、実質〝働かせ方改悪〟である政府の〝働き方改革〟の下で、労働者を食いものにする度し難き輩が跳梁跋扈する状況を見て見ぬ振りはできない。
◆地方紙の頼もしき主張
弱者が、そして地方がギグエコノミーの餌食にならないためには、そのような〝お座敷〟を選択肢としなくてもすむ経済環境づくりが求められる。元日の地方紙社説にはそのヒントが示されていた。
〝地方の底力を見せよう〟という見出しのデイリィー東北は、「旗振り役の施策に乗っかるだけでは成果は望めない。試されているのは、地方の積極性と自立性」「地方からヒト、モノ、カネを吸いこむ東京一極集中。対抗するには地域の力を結集しなければならない。何やら大げさに聞こえるが、そんなに特別なことではない。地元に元々ある素材に磨きをかければいいのだ」と歯切れが良い。農業では「青森県南地方のナガイモ、ニンニク、ゴボウが生産量日本一となるなど素晴らしい実績を持っている」と鼓舞し、「身近にある素材を個々が磨き上げ、発信していく―。地域活性化の鍵はそこに凝縮されているように感じる」と主張する。
新潟日報は、「多彩な自然や食文化を生かして魅力ある地域をつくり、交流人口の拡大に力を注ぎたい」と提言。「いま必要なのは、人間らしい幸福を味わえる暮らし、生活と仕事を両立させ、子育てや介護を支え合っていける社会だ。顔の見える地方での暮らしは、そのヒントになるに違いない。人口減少社会の中にこそ、追い求めるべき価値がある」とは、示唆に富む。
山陽新聞は、「若者たちが地方に引きつけられる『田園回帰』の流れが加速している。本当の豊かさを求めて、あるいは自分のできることを生かせる居場所を探して、人生の価値を『ローカル』に見いだそうとする人たちである」と、期待を寄せる。
そして北海道新聞は、「住民自身が国頼みの姿勢から抜け出し、まちの将来像を描いていかなければならない。自治の再構築である。今年は『北海道』命名から150年でもある。節目の年を、真の自立への第一歩としたい」と、力強い。
戌年だからポチポチなどと洒落ることなく、今年もケン筆を振るう。
「地方の眼力」なめんなよ
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