(076)未知への不安と将来の姿:FAX・Eメール・SNS2018年3月30日
1984年に社会人として仕事を始めた筆者にとって、当時の仕事に必需品は電卓、電話、そしてFAXであった。日々の仕事の多くは取引先との電話で進められ、新人の目には「頻繁に電話がかかってくる人=多忙で優秀な人」、という奇妙な印象が残った。
当時、60名程度の職場には初期型のパソコンが数台配置されていたが、多くの資料、特に図表などは手書きでB4(A4ではない)サイズの専用「罫紙」に記されていた。3年で東京へ異動し、毎日読み込む情報にテレックスが加わったが、資料の中心はFAXで送られてくる情報であった。
1年の基礎修行を終え、1988年のほぼ1年間をニューヨークで過ごしたが、その職場でも電話とFAXは生命線であった。当時の駐在員の重要な仕事の1つは日中収集した数多くのニュースや情報にコメントをつけて、日本にFAXで送ることである。もちろん、オフィスの片隅にはテレックスがあり、たしなみとして数回使用した記憶があるが、資料の送受信はほぼFAXで行われていた。
こうした仕事のやり方について、当時、既に全社的にEメールを普及させていた米国企業は、「日本企業はまだFAXを使っている。恐れるに足らず」と言っていた。ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を記したのが1979年であり、1980年代の世間では、バブル経済の影響もあり、その余韻がまだ残っていた頃である。
その後、1992~94年にかけてボストンで過ごした際、Eメールを初めて知ったが、実際はFAXの方が馴染んでおり、個人として使用する段階には至らなかった。帰国後1994~95年にかけて職場内ではEメールに関する極めて大きな議論が起こりつつあった。当時はまだ日本人の多くが「電子メール」と呼び、「パソコン通信」との違いすら理解していなかった。
導入賛成派は、仕事の効率化や情報の共有化を唱え、反対派は費用対効果を明確に出せと1年以上議論していたようだ。興味深いのは、議論の当事者や決定権者の多くが、実際にEメールを使用したことのない人々であったことだ。自分自身全く想像ができないものや、使用したことのないものについて判断を求められることほど難しいものはない。いくらでも不安や懸念材料を自在に作り出すことができるからだ。
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こうした議論が十分に行き詰った頃、偶然、ある役員と一緒に海外出張に同行する機会を得た。帰国のフライトを待つ西海岸の空港の専用ラウンジで多くの外国人がパソコンを前にしている姿を目にした。役員との会話の詳細は覚えていないが、彼らがラウンジでも仕事をしていること、しかもEメールを使用して常に顧客や社内と連絡をとっていることを伝えたところ、その役員はしばらく何も言わず彼らを見つめていた。
帰国後、週明けに出勤した週のある夕方であったと思う。Eメールの本格的導入が決定したとの連絡を受けた。この時点ですら、日本の多くの企業はまだ導入に踏み切ってはいない。いつもは超保守的な古巣としてはかなり先進的な決断であった。もちろん、筆者がアメリカの空港で説明したことが導入の理由などではなく、企画担当部門や情報関連部門からは遥か以前から導入希望があげられ、様々な検討がなされていた。しかしながら、見たことも使ったこともないものに対しては、皆、それなりに慎重になっていたのであろう。当時の常識では、「パソコン通信」は一部の趣味の世界で密やかに行われていたからである。
その後の世界については言うまでもない。携帯電話の普及とともに、Eメールはおろか、今や小学生でもSNSでメッセージをやり取りする時代になった。遠隔通信がここまで簡単になると、ビジネスの方法そのものが変わる。あの時、実際にメールを使って仕事をしている多くの外国人の姿を見て、例の役員は仕事の根本的なやり方が変わることを肌で感じたのではないかと思う。
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さて、農業と農協をめぐる世界の環境も激変しつつある。かなり前になるが、テレビでは、携帯電話と専用アプリを用いて農場の現場作業員がリアルタイムで作業状況を入力し、経営者はそのデータを基に生育を予測し、農産物市場の動向と合わせて販売のタイミングを考えているような場面が流れていた。
それから数年、米国では既に何千人もの農家がこうしたデータを1か所に統合し、AIを活用して個別農家の分散したデータをビッグデータとして活用する動きが出始めている。
現在のビジネスと生活に携帯とSNSが不可欠なものとなったように、実は、30年先の農業の姿は、すでに世界のどこかで出現している可能性が高い。もし、それが見えないとしたら、存在していないのではなく、目の前にあるにもかかわらず、我々が意識して見ようとしていないだけなのかもしれない。
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