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コラム:昔の農村・今の世の中

【酒井惇一・東北大学名誉教授】

2019.08.01 
【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第63回 米俵担ぎ一覧へ

 今から30年近く前に調査でお伺いしたときにお世話になり、その後も親しくお付き合いいただいている秋田県北の農家ONさんご夫妻から、毎年秋になると自家産の玄米30kgと渋柿段ボール一箱が贈られてくる。

20190530 昔の農村今の世の中 図1 渋柿は早速焼酎に浸けて渋抜きをしていただく。ガスによる渋抜きの柿とはその甘味、舌触りがまるっきり違ってこれは私の大好物、子どものころを思い出しながらご馳走になる。

 玄米は生協店舗に家内の運転する車で行って精米機で精米してごちそうになる。おかげさまで秋から冬にかけて本当においしくご飯をいただいている(最近は家内が高齢運転をやめたために生協に車で行けなくなったので、小型の精米機で自宅で毎日食べる分だけ精米している、やはり今摺りはうまい)のだが、たった一つ問題は贈っていただいた米30kgの袋を持ち上げるのが容易でないことである。紙袋なので手でつかむところがなく、滑って持ち上げにくいためだと家内に負け惜しみを言っているが、私のそもそもの非力に加えての高齢化のせいである。
 でもそのとき改めて感じた、紙袋にくらべると米俵はうまくできたもの、米が漏れたりこぼれたりしないようにうまくてきていると同時に、持ち運びがしやすいようにつくられたものだったのだと。

 今はもう見られなくなった米俵だが、若い方も映画やテレビ、民芸品などで見たことはあろう、それでわかるように米の入った長い円筒状の俵の横を4本の藁縄できつく縛り、さらにその横縄を縦に4本の藁縄できつく縛り上げている。この「縄かけ」で、円筒状の俵の形が崩れたり、米が俵から漏れたりしないようにしてある。このように縄は重要な役割を果たしているのだが、さらにもう一つ、俵を手で持ち上げるときのつかみ場所・持ち手としての役割も果たしている。縦横に交差したところの左右2か所に両手の指をそれぞれ入れて持ち上げられるようにしてあるのである(この私の説明でおわかりいただけるか不安だが)。
 しかし、これは重い。いうまでもなく1俵は60kg、子どもの力ではとてもじゃないが持ち上げられない。ましてや病弱で力がなく、背も低かった私など、できるわけはなかった。何とか両手で持ち上げ、運ぶことができるようになったのは中学高学年になってからではなかったろうか。しかしそれも数メートル程度、縄の結び目に入れている指は痛くなり、肩と腕の力はもう限度、途中でついつい俵を落としてしまうこともある。だから、籾摺りして俵詰めした米を当面の置き場所とする小屋の一角、3~4m先に運ぶのがせいいっぱい、ましてや高く積み上げるなどということはできない。
 ところが父などは苦もなく持ち上げ、さらにはそれを肩にひょいと担ぎ上げ、上手にバランスをとって歩いて運ぶ。もちろん祖父もそれができる。

 そうである、農家の男はみんな米俵を担いだものだった。それができなかったら農家の男としては落第、米の一俵も担げなければ一人前とは言われなかった。これは当然のこと、米の運搬もできなかったら米を売ることも食べることもできないからである。

 それでは女はどうか。私の母の場合、持って運ぶのは見たことがあるが、肩に担いで運ぶのは見たことがない。だから私は、女は担いで運ばないものと思っていた。ところがそうではない、女も担いで運んだのだということを知ったのは大学を出てからのことだった。ご存じの方も多いと思うが、山形県の米どころ庄内地方の酒田市に山居倉庫という米穀倉庫がある。ケヤキ並木に囲まれた白壁の土蔵づくりの明治期に建てられた倉庫群はその構造と景観から有名であるが、そこにはかつて女性の人夫が何人も雇われており、秋などは朝から晩まで農家の運んでくる米俵を背中に担いで倉庫の中に運んだり、倉庫から出したりしていたというのである。
 これはショックだった。私など男のくせに、農家の後継ぎだったのに、一度も担げずに終わってしまった。しかも今は米30kg入りの紙袋を持ち上げることすら容易ではなくなっている。まさに私は農家落第生でふがいない一生を終わることになる。

 それはそれとして、こうして小屋に積み上げた米俵は、自家飯米用のものを残して政府に供出しなければならない(私の子どものころは自由販売はできなくなっていた)。それで牛車に米俵をうず高く積み上げ、縄でしっかり結び付けて、駅近くの農業倉庫に何度か運ぶ。公定価格できわめて安いと言ってもともかくこれでお金は入ってくる。ずっしり重い米俵も肩に軽く感じたのではなかろうか。

 しかし、江戸時代は年貢として領主に、明治以降は小作料として地主のところに荷車に積んで運んでいかなければならなかった農家には、そうでなくてさえ重い米俵はさらに重く感じられたのではなかろうか。


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酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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