【近藤康男・TPPから見える風景】"TPP以上"と"TPP以下"対"TPP限度"という非対称な交渉の危うさ2019年8月8日
8月までに3回の首脳会談、首脳会談同席を含めれば数回を超える閣僚級協議、そしてここにきて加速する幹部・次官級を含む事務レベル協議。回数の割には、7月終盤にやっと上述の3つのパタ-ンでの議論の仕分けがされたという、ユックリとした進捗の日米貿易交渉も、本格的にスピードアップされる予感を醸し出しつつあるようだ(7月26日渋谷和久氏の会見)。
そして6月13日第4回閣僚級協議での「参院選後の早期の合意を目指す」ことの確認や、曰く「もう日は高くないという思いで臨みたい」(7月29日会見での茂木担当相発言)。
◆"TPPが限度と約束した"のなら何を交渉するのか?
不思議なのは、安倍首相以下、政府は繰り返し「共同声明で過去の経済連携が限度と約束した」「外交的勝利だ」言いながら、「農産品と車の決着は閣僚級協議で議論する」と、これも繰り返していることだ。「外交的勝利」を勝ち取っているのなら、詳細の詰めは事務レベルで済むはずだ。密約の有無を詮索しても仕方ないが、常識的には、「外交的勝利」でも何でもなく、真実は米国のTPP越えの要求圧力が強く、やむなく閣僚級協議の場に押し込まれたというところにあるだろう。
押し込まれたということは、"TPP限度"と"TPP以上"という非対称な争点の決着を協議するということだ。そのことは譲歩の場を設定して、妥協を図る=TPP越えに歩み寄る、という、農民だけでなく、国民だけでもなく、自民党の決議も、最初から裏切る道筋を政府は準備していたという裏切りに等しい。
◆CPTPP(TPP11)6条の見直しは果たして?
米国の要求は"TPP以上"だが、仮に米国が、市場アクセスに係るバタ-・脱粉の低
関税枠について、また牛肉の緊急輸入制限発動基準数量についてもTPPにおける"米国見合いの数量"で受け入れた場合に、果たしてこれを"TPP限度を約束した"と素直に受け取ることが出来るだろか?
これを実効的にするには、CPTPP「第6条の見直し条項」を使って、他のCPTPP参加国の"枠"を見直す必要がある。「第6条」は、当時政府が大々的に宣伝していた"米国のTPP復帰の場合あるいは逆にTPP復帰見通しが消えた場合には、上述の畜産酪農産品の数量枠の見直しが認められる"という条項だ。
日本政府は日米貿易交渉を開始することについて、CPTPP各国に根回しをしたのだろうか? 並行して「第6条の見直し条項」における"見直し"について根回しをしているのだろうか?
私がTPP参加国だったら、"日米貿易交渉は日米で始めたことで、TPP対米国の問題ではないため、CPTPPとは関係ない"、と突っぱねるだろう。
◆"TPP以下"対"TPP限度"という非対称性も譲歩への道
"TPPが限度"は説明の必要は無いだろう。"TPP以下"は、米国側がTPP合意での自動車・部品の関税撤廃について抵抗し、閣僚協議で決着をすることになっていることを指す。この2つを重要議題として協議≒妥協・譲歩するということは、農産品の(乳製品の)低関税枠や牛肉の緊急輸入制限の発動基準をTPP並みにするために、自動車で諦めるのか? それとも所謂FTA/EPAとするため自由化率を高水準に確保するするために自動車など工業製品で関税撤廃をTPP並みに勝ち取って、その為に農産品で譲るか、日本政府はどちらを選択するのだろうか?いずれにしても妥協・譲歩をせざるを得ない交渉を日本は選んだとしか思えない。
◆デジタル貿易ル-ル大筋合意も早々にTPP越え
農産品で空虚な"閣僚級協議"を演出する一方、デジタル貿易ル-ルでは、早々に"TPP限度"(関税、ソースコ-ド開示やサ-バ-設置義務を企業に求めない、等々)で折り合いをつけ、その勢いで米国には"TPP以上"(アルゴリズム開示を企業に求めない、など)の手土産まで、事務レベル協議で渡したかのように報道されている(7月31日付日経)。与党も含め日本では、中小企業保護の観点から巨大IT企業規制が議論されているし、また巨大IT企業課税の在り方についてのOECDでの議論には米国と異なる立ち位置で参加しているはずだ。
それを事務レベルで譲ったというのが本当なら、日本政府には節操も思想もないのだろうか?と疑いたい。
◆日本より先に合意した(18年7月首脳合意)EUは何処にいるのか??
日本は18年9月に"物品貿易"交渉に首脳合意、一方EUが米国との交渉開始に首脳合意したのは18年7月と日本より早い。そして以前のこのコラムで紹介したように、欧州議会内の手続きを経て米国の「交渉目的」に対して4つの指令文書を採択している。
これだけでも大違いだが、EUの通商担当委員のマルムストロ-ム氏は今年7月23日のEU国際貿易委員会で「(米国との貿易交渉については、農産品を除外するとのEUの立場と隔たりが大きく)未だ交渉は始まっていない」と述べている。更に「(6ヶ月先送りされている、米国による自動車・部品を安保上の脅威とする制裁関税について)発動されれば米国からの輸入品に対し350億ユーロ対象に報復関税を発動する」と警告している。
日本政府の"外交的勝利"(安倍首相)のあまりに無邪気で呑気なはしゃぎ振りとは大違いだ。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(146)-改正食料・農業・農村基本法(32)-2025年6月14日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(63)【防除学習帖】第302回2025年6月14日
-
農薬の正しい使い方(36)【今さら聞けない営農情報】第302回2025年6月14日
-
群馬県の嬬恋村との国際交流(姉妹)都市ポンペイ市【イタリア通信】2025年6月14日
-
【特殊報】水稲に特定外来生物のナガエツルノゲイトウ 尾張地域のほ場で確認 愛知県2025年6月13日
-
【注意報】りんごに果樹カメムシ類 県内全域で多発のおそれ 岩手県2025年6月13日
-
SBS輸入 3万t 6月27日に前倒し入札2025年6月13日
-
米の転売 備蓄米以外もすべて規制 小泉農相 23日から2025年6月13日
-
46都道府県で販売 随意契約の備蓄米2025年6月13日
-
価格釣り上げや売り惜しみ、一切ない 木徳神糧が声明 小泉農相「利益500%」発言や米流通めぐる議論受け2025年6月13日
-
担い手への農地集積 61.5% 1.1ポイント増2025年6月13日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】生産者米価2万円との差額補填制度を急ぐべき2025年6月13日
-
井関農機 国内草刈り機市場を本格拡大、電動化も推進 農機は「密播」仕様追加の乗用田植え機「RPQ5」投入2025年6月13日
-
【JA人事】JA高岡(富山県)松田博成組合長を新任(5月24日)2025年6月13日
-
【JA人事】JAけねべつ(北海道)北村篤組合長を再任(6月1日)2025年6月13日
-
(439)国家と個人の『食』の決定権【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年6月13日
-
「麦とろの日」でプレゼント 東京のららぽーと豊洲でイベントも実施 JA全農あおもり2025年6月13日
-
大学でサツイマイモ 創生大学と畑プロジェクト始動 JA全農福島2025年6月13日
-
JA農機の成約でプレゼントキャペーン JA全農長野2025年6月13日
-
第1回JA生活指導員研修会を開催 JA熊本中央会2025年6月13日