【小松泰信・地方の眼力】モラルハザード国家の醜態2019年8月21日
「『中村氏駐英公使に』 公文書改ざんはしないで ――英国」と投稿したのは福岡のアゴダシさん(日本農業新聞・8月17日付の「てれぱしい」)。中村氏とは、中村稔氏のこと。と言っても、ジャイアンツの元投手でもなければ、詩人でもない。あの森友問題が表面化した2017年当時、財務省理財局総務課長を務め、上司であった佐川宣寿理財局長の下で行われた、改ざんの実行犯のトップ。財務省自らが、改ざんの中核的存在であったことを認定し、停職1ヵ月などの処分を科された札付き役人。それが公使にご栄転とは、あり得ない。
◆尊い命を奪っている
この問題で、「決裁文書改ざんを強要された」とのメモを残して2018年3月に自殺した近畿財務局の男性職員(当時54歳)について、同局が「公務災害」と認定していたことを多くの新聞(8月8日付)が報じている。財務省理財局の指示により、近畿財務局は決裁文書から安倍昭恵首相夫人に関する記述や政治家秘書らの働き掛けを示す部分を削除。道義に反する行為を強要された彼は、毎月100時間に及ぶ残業実態を親族に漏らし、改ざんが発覚した直後に自宅で自ら命を絶った。
東京新聞(8月8日付)によれば、自殺した男性職員の父親(84)は「少しは報われたと思う」と述べる一方で「既に終わったことで、息子はもう帰ってこない。遺族にとっては何も変わらない」と複雑な胸中を吐露。認定に関する財務省側からの説明はなく、取材を受けたことで初めて知ったそうだ。「幹部の人からの謝罪も何もない。冷たいものだな」と語っている。
◆政権の飼い犬「大阪地検特捜部」
ところが、である。この決裁文書改ざんで、有印公文書変造・同行使容疑などで大阪第一検察審査会の「不起訴不当」議決を受けた佐川ら当時の財務省理財局幹部ら6人について、大阪地検特捜部は9日再び不起訴とした。加えて、8億円余り値引きしたうえでの売却問題を巡り、背任容疑で不起訴不当と議決された財務省近畿財務局の元統括国有財産管理官ら4人も再び不起訴。
今年3月の大阪第一検審議決は改ざんを「言語道断」と批判し、背任容疑に関しては法廷で事実関係を明らかにすべきだとまで求めたが、大阪地検特捜部長の説明は「起訴するに足りる証拠を収集することができなかった」とのこと(8月10日付各紙)。
巨悪の不正を暴く、時には怖く、時には頼りになるイメージを抱かせる地検特捜部も、所詮は「強きを助け、弱きを挫く」だけの、勇気も気概も持ち合わせない、政権の飼い犬であった。
◆出番ですよ、佐川さん
「公文書改ざんなどの違法行為が明るみに出たのに、誰一人として罪に問われない。検察が威信を懸け、追求する法の正義は一体どこに行ったのだろう」と嘆き、「真相解明の『最後のとりで』という検察への期待は見事に裏切られた」とするのは、中国新聞(8月11日付)の社説。
前述した不起訴理由に対しては、「問われているのは行政の公平性である。黒白をつけぬまま、済ませる問題ではなかろう。特捜部は関係者の聴取を積み重ね、膨大な数の調書を抱えているとされる。公判に持ち込んで全てを明らかにし、裁判所の判断を仰ぐ。そんな選択肢もあったはずである。それこそが国民の期待に応える道だったのではないか」と、鋭く迫る。さらに、「財務省の決裁文書からは、安倍晋三首相の妻昭恵氏や政治家の名前が削除されていた。改ざんの事実は、物的証拠も含めて明白である」と、核心を突き、「公文書は『健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源』と法律に明記している」ことを取り上げ、「このまま、森友問題を闇に葬るわけにはいかない。きちんと疑惑をたださぬ限り、政治不信は一層強まるだろう」とする。
そして、「財務省側の中心人物だった佐川氏は昨年3月、国会の証人喚問で『刑事訴追の恐れがある』として証言を拒んだ。不起訴となった今なら、訴追の恐れはない。再喚問も含め、国会の場で改めて追及すべきだ」と、畳みかける。
「出てこい佐川」コールは、多くの他紙社説も訴えている。
◆お元気ですか、昭恵さん
神戸新聞(8月11日付)の社説も、「官僚が公文書を改ざんし、廃棄した事実は重い。行政の公正性が揺らぎ、国民の信頼を裏切る不祥事だ。だからこそ検審は法廷での真相解明を求めた。その判断を退け、官僚の不正に目をつぶった検察の結論は、多くの国民を失望させるものだ」と、手厳しい。さらに、改ざんが「安倍晋三首相が国会で『私や妻が関わっていれば、総理も国会議員も辞める』と強弁した直後に始まっていた。これらの因果関係は曖昧にされている」と、頂門の一針。
「一方で、決裁文書の改ざんを強要されたとのメモを残して昨年3月に自殺した近畿財務局職員について、同財務局は労災に当たる『公務災害』と認定した。官僚のモラルを逸脱した改ざん行為が、過重な負担となっていたと認めたことになる。改ざんを指示したとされる佐川氏らが刑事責任を問われないのは、なおさら理不尽に映る」と、世間の常識をあえて力説する。
さらに高知新聞(8月16日付)の社説は、佐川氏だけではなく「昭恵夫人についても同様である」と、忖度なし。職員の自殺という「これほど悲惨な労災がなぜ起きたのか。その究明も求められよう」とし、「本舞台は国会であること」を強調する。
「昭恵氏の喚問も、しない理由がない」と、端的に表現しているのは信濃毎日新聞(8月12日付)の社説。
◆本当に切ないね
毎日新聞(8月19日付)の企画「終わらない氷河期」は、短大卒業後に勤めた職場でのパワハラや雇い止めなどによって、転職を繰り返し、うつ病の発症から、農業で再起を図る長野県在住の女性(48)を紹介している。
長野県松本市の農家でブドウ栽培を手伝う彼女は、「ひと相手の仕事より、自然のほうがすがすがしくて」と語るが、うつ病を抱え、通院が欠かせないとのこと。人と接する仕事はしたくなくなり、農家でのアルバイトの合間に、借りた菜園で野菜を作り、心身の傷を癒やす。
「企業も社会も同じ。目先の利益に動かされず、人を育てて大切にすれば、巡り巡って企業にも社会にとっても果実になる。コストも手間ひまもかけずに作った野菜は、おいしくはならないんです」との訴えが、なぜか切ない。
悲劇の「公務災害」認定を伝える記事のそばにある、小泉進次郎氏の結婚を伝える記事が切なさを増幅させる。氏はインタビューに答えて自らを「政治バカ」と称したようだが、正しくは「バカ政治家」。ご祝儀人事で、農水大臣の予想も出ているようだが、大臣の椅子も農林水産業も軽く見られたものだ。モラルハザード国家、ここに極まれり。
「地方の眼力」なめんなよ
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