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コラム:小説 決断の時―歴史に学ぶ―

【童門冬二(歴史作家)】

2019.08.24 
【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】官学協同の実行 ―塩谷代官と広瀬兄弟―一覧へ

決断の時―塩谷代官と広瀬兄弟

◆地方勤務に徹する

 代官というとすぐ、水戸黄門にぶっ飛ばされる悪代官を思いがちだが、中には清廉潔白で本当に民のためを考える代官もいた。塩谷大四郎(しおのや・だいしろう)はその典型だ。大四郎は、旗本の家に生れたが十九歳の年に、勘定役(現在の財務省幹部)である塩谷平四郎の養子になった。そして、寛政四(一七九二)年一月には、二十三歳で勘定役を引き継いだ。やがて寛政十二(一八〇〇)年三月には、代官に任命された。任地は丹後・但馬(京都府と兵庫県)である。この地方の幕領(天領)は五万石であった。小大名の領地と同じくらいの石高だ。大四郎は三十一歳だった。以後、かれは任地をいくつか転々とするが、中央(江戸城)に帰らずに、終生を代官として地方で送った。しかしかれは、
「早く江戸城に戻りたい」
 というような考えは全く無く、地方行政の中で中央からの出向者として生涯を送った。
 かれは民政に熱心で、特に農民が貧しいために、間引き(生まれたばかりの赤ん坊をあの世に送り返す悪習)の絶滅に努力した。かれは、
「この悪習をなくすためには、農民の意識改革が必要だ」と考え、儒教による"人間の為すべきこと"を自ら定め、テキストを作って農民に配布した。特に、子供の学習に力を入れた。
 やがて、文化十三(一八一六)年には、九州の天領十万石の支配を命ぜられて、日田(大分県日田市)の陣屋に赴任した。四十八歳である。赴任してすぐ大四郎は、代官所近くで私塾を開いている広瀬淡窓という学者に注目した。淡窓は咸宜園(かんぎえん)という塾で学問を教え、その弟久兵衛は"掛屋(かけや)"と称する、代官所出入りの商人だった。大四郎は考えた。それは、
・ 代官所の役人たちの心掛けを儒学者である淡窓から学ばせる
・ 久兵衛の経営力を評価し、今後大四郎が展開するこの地方の開発事業に協力させるという二本立てである。兄の学力を代官所
役人の研修に協力させ兄を役人の研修講師に、弟の財力を大四郎が今後民のために展開する事業に協力させようということだ。兄の淡窓は、本来なら広瀬家を継ぐべきだったが、体が弱く家業に向かないので、
「学業に専念したい。それも教育を重んじたい」
 と言って、親の許しと弟の承諾を得て、咸宜園を開いた。ここには学則があった。それは、
「入門者は必ず自分から三つのことを奪え」
 という"三奪"である。三奪とは、
「身分を忘れ、年齢を忘れ、学歴を忘れる」ということだ。特に三番目の学歴を忘れるというのは、
「それまで、どこかの師について学業を学んだとしても、その師のこともあるいは師が教えた学問も一切忘れて、ゼロの状態でここへ入門する」というものだ。大四郎は微笑んだ。そして淡窓を、
(気骨のある学者だ)と感じた。大四郎は、広瀬家に掛け合って、淡窓を「代官所用人」に採用した。代官所の仕事をさせるのではなく、あくまでも淡窓には、「代官所役人の研修」を担当してもらうのだ。
 大四郎が展開した事業は、新田の開発と人間と物品の流路である道路を、新設したり改修したりすることであった。いずれも金が掛かる。そんな時に久兵衛に資金提供を相談すると、久兵衛は快く承諾した。淡窓も、用人格で代官所に出入りするから、代官所役人たちも淡窓を、
「田舎学者の分際で」
 などとバカにすることは出来ない。それに淡窓は人格者だったから、その身躰から発するオーラがたちまち役人を魅了した。進んで、淡窓の教えを受けた。広瀬兄弟を発見し、これに関心を持ち、さらに活用する実行策を持った事は、大四郎にとってその後の実績を挙げる上で大いに役立った。かれは一貫して、
「地方に愛情を持ち、その活性化に努力した」
 と言える代官だ。しかし、斜めに見る者もいた。それは例えば淡窓について言えば、
「学者でありながら、権力に懐柔された」という評価であり、同時に、弟久兵衛の経営について、便宜を図っているというような見方であった。しかし、当の代官大四郎も広瀬兄弟もそんな噂には耳を傾けなかった。かれらには自信があったからである。それは、三人の目標が一致して、
「住民(特に農民)の幸福を願う」という"愛民"の考えが、色濃く出ていたからである。世俗的な噂を一切気にすることなく、学問を通じて真理を追究し続けた淡窓と、地域のために展開する大四郎の事業に、財力だけではなく労力も提供して協力した弟久兵衛の努力も、その上に立ってうまく調整役を執り続けた大四郎のリーダーシップは、文字通り、
「官学協同の成果」を示すものだった。大四郎は、その後二十年も代官職を続けるが、日田をはじめ、かれが赴任した地域には、功績と感謝を称える「顕彰碑」が、何本も建っている。


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