【浅野純次・読書の楽しみ】第41回2019年8月26日
◎橘玲『上級国民/下級国民』(小学館新書、885円)
アンダークラスという言葉、耳にしたことありますか。橋本健二氏の同名書もよく読まれています。「下層階級」という固定的で分断された階級が実現しているというのです。
本書は日本社会が上級と下級の国民に分断された現実を多面的に分析しています。上級と下級の問題は端的にいって学歴格差であるとし、大卒/非大卒、壮年/若年、男/女の6グループに分類してそれぞれの感情、生活実態、結婚などを探っていくのですが、非大卒グループには機会が非常に少ないのです。
特に非大卒男子の就職難とモテないことが最大の問題なのだと。モテる上級国民は結婚と離婚を繰り返し事実上の「一夫多妻」となって下級男子の結婚機会を奪っている。他方、離婚女性はシングルマザーとして子育てに追われる人生を送るばかりというのです。
それほど単純かと思ってしまいますが、引きこもりが600万人もいるらしいのはそのためだし、そうした現実は団塊の世代の雇用と年金を守るために引き起こされているのだと言われれば、かなり納得がいきます。
日本だけでなく世界で分断が進んでいるという指摘も重要です。知識社会の行く末についての考察も鋭い。久しぶりにしっかりと考えさせられました。
◎安田浩一『愛国という名の亡国』(河出新書、950円)
日本の右翼を丹念に追っている著者が愛国を軸に、右翼やヘイトする人々、移民や沖縄を威圧する人々などについて書き連ねてきた文章を再構成したのが本書です。
右翼といっても真性右翼だけでなく、ネット上で右翼的発言を繰り返すネトウヨだとか、右派系出版社を糾弾する一匹狼的右翼、宗教右派、安倍政権周辺など、多様な右翼が登場して飽きさせません。
まとまったテーマでは、沖縄の人々に対峙する右翼、移民や難民問題の現場、ヘイトスピーチをめぐる動きなど、身につまされる内容が続きます。
20編以上の折々のルポから成っているとはいえ、著者の視点は一貫しています。すなわち意識、無意識を問わず差別、偏見、人権無視が多すぎることへの怒りです。
なおレタス村で有名な長野県川上村の「実習生」騒動も取り上げています。「実態を無視したまやかしの」実習生制度が批判されるべきは当然としても、多くの農業関係者にとって他人事ではありえない教訓でしょう。
◎中島京子『夢見る帝国図書館』(文藝春秋、1998円)
がらっと趣向を変えてとっておきの小説をご紹介しましょう。ことし前半屈指の傑作ということで。書名の「帝国図書館」は終戦まで上野の森にありました(今は国会近くに移転して国会図書館となっています)。
帝国図書館を主人公としたノンフィクション風の小説と、図書館や上野の森に出没する喜和子さんという中年女性を主人公とする小説が交錯しあって話は進みます。どちらも魅力的ですが、時代の波にもまれ資金難や大震災や戦争でひどい目に遭い続けた帝国図書館と、そこにやってくる作家たちの描写がなんともすばらしい。
一葉、賢治、鴎外、露伴、漱石、誰もが図書館に助けられ、図書館も一葉を愛した、というお話は帝国図書館の多難な歴史あればこそ、読む者をとらえて放しません(たぶん)。
図書館が好きな人も本は好きだが図書館には行かない人も、ぜひお読みください。心が豊かになること請け合いです。
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浅野純次・石橋湛山記念財団理事の【読書の楽しみ】
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