【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第75回 「身の丈」問題雑感2019年11月7日
前にも述べたように、その昔の農家の子どもは大学はおろか中学(現在の高校)にもほとんど入れなかった。貧しかったからだ。都市勤労者の子どもたちも多くはそうだった。それどころか、岩手の葛巻町毛頭沢(けとのさわ)集落を例にして述べたように、交通不便と少人数、財政難を理由に小学校をつくらないために、学校教育をまったく受けることができなかった人たちさえいた(注)。
しかし、戦後施行された日本国憲法はその第二十五条で「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、その憲法にもとづき制定された教育基本法はすべて国民は「人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない」と謳い、それにもとづく戦後の民主的な政策の展開と「十五の春は泣かせない」をスローガンにした高校全入運動に見られるさまざまな国民運動の展開によって、かつてのような格差は大きく是正されてきた。その結果、農山村の子どもも、貧乏人の子どもも高校に行けるようになり、葛巻の奥深い山村の子どもも、私のような地方の百姓のせがれもおかげさまで大学にまで行けるようになった。
ところが近年、ふたたび経済的社会的格差が生まれ、持てる者と持たざる者の格差、大都市と地方とりわけ農山漁村との格差、その拡大と固定化が大きな問題になってきた。ところが、その格差は自己責任であるとしてそこに政策的に介入すべきではないと主張するものまで出てきて、さらに格差は広がってきた。
そのさなかに政府は大学入学共通テストの英語科目に民間試験を導入するという政策を打ち出した。何でも民営化がいいと公共性をもつものまで大企業のもうけの種にすべく提供してきたのだが、大学入試まで民間企業(近年肥大化しつつある英語検定業者)にゆだねるというのである。そしてこれは経済的地理的条件による受験生間の格差をさらに拡大するものでしかない。
国民のこうした疑問に対して、先月末、萩生田文相が受験生は「身の丈に合わせて」がんばればいいと応えた。これでこの民間試験の本質がさらにはっきりした。農山漁村のような交通不便な地域や貧乏人の子どもには憲法二十六条のいう「その能力に応じてひとしく教育を受ける権利」はなく、その「身の丈」相応の(=分相応の、つまり経済的社会的身分にふさわしい)教育しか受ける権利はないのだ、そしてそれは自己責任(だって「身の丈」=身長はそもそも政府の責任ではない)、まあそれなりにがんばりなさいというのである。
こういう差別的発言をする人が文部科学大臣なのか、「総理」の側近として権力を振るっているのかと思うとぞっとする。これからの子どもは、農山漁村は、そして日本はどうなっていくのだろうか、戦前からこれまで蓄積してきた民主主義はどこに行くのだろうか、そうでなくてさえ大きく開いた格差はさらに激しくなるのだろうか。暗澹たる思いになる。
私たち戦前戦後を体験している昭和前半世代は一体何をしてきたのだろうか。何かむなしい。責任は私たちにあるのだろうか。
そもそも何で英語をそんなに重視しなければならないのか。なぜ日本人は英語を「話す」能力を身につけなければならないのか。小学校から英語の教育をし、国語を学ぶ時間を減らす、そんなことでいのか。それで何が愛国心か。もう一度根本から考え直す必要があるのではなかろうか。
そんなことをいろいろ考えていたら、さすがに文相の発言、差別意識は世論の批判を浴び、撤回するにいたった。さらに文部省は民間試験の実施延期を表明した。中止ならもっといいのだが、ともかく延期させたのはまさに世論の力、何か光が見えてきたような気がする。ここに期待したいのだが、果たして世の中これからどうなることやら--------。
話は現代のことになってしまったが、次回からまた戦前昭和の農業の話をさせていただきたい。
(注)2018年12月20日掲載・「小学校整備の地域格差」参照
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