「辛丑」の年に想う 〈モー進〉と〈反芻〉の狭間に【記者 透視眼】2021年1月8日
今年は「辛丑」の年である。〈かのとうし〉と読む。疫病に注意しながら〈モー進〉する反転攻勢の年へ。一方で牛の〈反芻〉の意味も想う。記者の〈透視眼〉から見た丑年あれこれを考えた。

「帰馬放牛」を望む
丑年あれこれ。これに因む四字熟語で何がふさわしいのか思案投げ首の末、たどりついたのが小タイトルの四つの漢字。〈きばほうぎゅう〉と読む。戦場の牛馬を野に放ち平和に戻るほどの意だ。〈分断〉〈紛争〉〈対立〉ばかりが目立った昨年からの大転換は可能なのか。今年こそ「帰馬放牛」を望みたい。
60年前「辛丑」ベルリンの壁
まず政治の話から。
干支の「辛丑」は意味深である。辛は痛みを伴う幕引きを、丑は殻を破ろうとする生命の息吹を意味するという。
60年前の「辛丑」はどうだったろうか。筆者は幼子で記憶はほとんどないが、一言でいえば「貧しくもあり豊かでもあった」。つぎはぎのズボン姿だったが、明日は今日よりも生活が良くなると、子供心にも感じた。3年後にはアジア初の東京五輪も控えていた。
当時の国内外を見渡せば、米国には若き大統領ケネディが希望の星に。日本は経済重視を掲げた池田勇人首相。社会党は現実路線の江田三郎が委員長代行に。だがその後、社会党は国民不在の左右対立に終始し、後継の社民党は今、消滅の危機を迎えている。
もう一つ、米ソ対立激化の中で、ベルリンの壁構築へ動く。
あれから60年。ケネディとトランプを見比べ、その知性の格差はあまりにも大きい。ソ連は消えたが米中対立は激しさを増し、〈壁〉は分断と姿を変え、人々の前に高くそびえ立つ。
厄除け「会津赤べこ」
堅苦しい話題はこの辺まで。次に歴史や文学的話題を。
郷土玩具として有名な福島・会津若松の「赤べこ」。起源は410年前の大地震時に同地を救った赤毛の牛、つまり赤べこの言い伝えから。赤は病魔を払う。側面に描かれる黒い斑点は、当時最も恐れられた天然痘ウイルス除けの印だという。丑年とコロナと赤べこは因縁がある。
新しい風が吹く
牛を題材にした歌で、いつも新鮮で前を向く気持ちになるのは、『野菊の墓』の作者・伊藤左千夫が詠んだ〈牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる〉。〈新しき〉は〈あらたしき〉と読む。
左千夫は今の東京・錦糸町駅まで牛を飼い牛乳販売で生計を立てていた。揚句は錦糸町そばの亀戸天神の名物・藤棚を鑑賞した時に詠んだとされる。斬新で未来志向の着想を正岡子規は激賞し、左千夫は短歌の詠み人として歩むことになる。
丑年にこんな新しい風が大いに吹くだろうか。
「鶏口牛後」と北の歌人
もう一つ、牛絡みで浮かぶ四字に「鶏口牛後」。中国の古典『史記』にある。〈鶏口〉とは鳥のくちばしで、小さな組織の例え。〈牛後〉は牛の最末尾、尻のこと。大組織の末端にいるよりも、小さな組織でもトップに立った方がいいほどの意だ。
だが、果たしてそうか。ちょっとマイナスイメージのあるこの二文字をあえてペンネームにするのは令和の牛飼い歌人・鈴木牛後。本名は鈴木和夫で北海道下川町において放牧主体の酪農を営む。秀句に〈牛生まる月光響くやうな夜に〉や〈牛死せり片眼は蒲公英に触れて〉〈牛が飲む水をクローバまはるまはる〉。いずれも句集『にれかめる』から。句集名は牛の〈反芻〉を意味するという。
鈴木は、効率重視の多頭飼いとは真逆の放牧にこだわる。〈牛後〉の名にはそんな思いのあるのか。それにしても〈にれかめる〉とは、なんとも優しい響き。よく物事をかみしめ沈思熟考する〈反芻〉こそがコロナ禍で欠かせぬ姿勢かもしれない。
漱石の「牛は超然と押す」
夏目漱石の言葉に「牛は超然と押して行く」。コロナの厄災を振り払い〈超然〉と進む日本と日本農業でありたい。
この〈超然〉の言葉は、文豪・漱石からまだ20代の若き小説家であった芥川龍之介にあてた手紙の中で触れた。漱石ほどの作家であっても煌めく芥川の文才に驚きまぶしささを覚えた。芥川を励まし、期待を述べ、さらにはいさめてもいる。この中で例えに牛を引き合いに出した。
1916年(大正5年)8月、漱石は芥川龍之介と久米正雄へ連名宛の手紙を何度か出す。そこでのキーワードが〈牛〉だ。手紙で期待を述べた後に「むやみにあせってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です」と説く。
さらに3日後に追伸。「牛になることはどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないのです。あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気づくでお出でなさい。うんうん死ぬまで押すのです」とも諭す。
早く進む馬は効率が良いが必ずしも持続しない。ゆっくりだが、ずんずん進んでいく牛は確実に成果を積み上げていく。漱石は、黙々と荷車を引く牛を〈真面目〉の象徴としてとらえた。
牛は畜産・酪農そのもの。米中対立、新型コロナウイルス禍で大揺れの時代だが、こんな時こそこの〈超然〉さが求められる
「なつぞら」牛飼い画家・神田日勝
先述した漱石による牛と馬の話と絡めれば、北海道・十勝の酪農開拓民を題材にした2年前のNHK朝ドラマ「なつぞら」が浮かぶ。主人公・なつの幼なじみ山田天陽は牛飼いの傍らベニヤ板に牛馬の見事な絵を描く。
モデルは北海道・鹿追町のベニヤ板の画家・神田日勝だ。昨年、没後50年回顧展を東京ステーションギャラリーで開く。自分と生活を共にした牛と馬の絵を描き続けた。絶筆となった未完成の馬の絵は上半身のみで終わる。だが、まるで生きているような表情が印象深かったのを思い出す。
丑年は歴史的に政局の年でもある。年明けから〈透視眼〉をのぞき続ける日々が続く。
(K)
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