労働力としての農家の嫁(1)【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第140回2021年3月18日
農家の嫁には行きたくなかった。やりたくもなかった。
農家の娘もそうだった、できるなら農家に嫁ぎたくなかった。農家の親でさえ、とくに母親は、農家に自分の娘を嫁がせたくなかった。農家の結婚にはいろいろなものが付随していたからだ。

いうまでもなく、結婚は、夫婦という新しい家族単位をつくって既存の家庭に入るか独立した家庭をつくるかして、子を産み、育てるという人間として当然の行為である。そして結婚した当事者は家族の生活維持のために必要な物質的財貨を獲得する労働に従事し、また家事、育児労働に従事することになる。いうまでもなくそれは夫婦二人の共同作業としてともに従事しなければならないものである。
ところが、当時の都市の給料取りの家庭は、家事育児は女性、生活費をかせぐのは男性と分業がなされていた。かつての家事労働は、電化・化学化・自動化が進んだ現在とは違って、きわめて厳しいものがあったからである。
炊事、洗濯、掃除、育児すべてすさまじい長時間労働だった。たとえば炊事のための水の確保、今のように水道があってひねるとジャーというわけにはいかない。井戸もしくは泉から水を汲み上げで桶に入れ、それを天秤棒で肩にかついで台所に運びこまなければならない。薪や炭に火をつけて燃やして煮炊きしなければならない。洗濯も大変だ。ボタン一つ押せば洗濯機が自動的にやってくれる時代ではないのだ。時間も労力もかなりかかる。
一方、生産労働は、機械化・化学化が進んだ現在と違って力仕事が多く、まさに重労働であり、女性が生産労働に従事するのは多くの場合大変であった。
したがって生産・家の外の労働は男、家事・家の中の労働は女という分業はそれなりの合理性があった。
こう考えれば、農家においてもそうした性別分業があってしかるべきだった。現にアメリカの農業などはそうだった。フィールド(麦作などの穀物を大規模に栽培する畑)の仕事は男が担当し、家事と自家用の野菜をつくるガーデン(庭畑)の仕事は女が担当するというように性別分業が成立していた。まさにワンマンファームだったのである。
今から40年くらい前になるが、京大教授をしていた農経研究者稲本志良さんからこんな話を聞いたことがある。
アメリカの農家を訪ねたとき、ご主人は親切にいろいろ教えてくれたが、奥さんはまったく知らん顔で毛糸編みをしていてあいさつもしなかった。それで同行してくれたアメリカの研究者にあれは失礼ではないかと言った。
そうしたら、それは当然だという。あなたは農業経営(farm)を訪ねたのだからご主人が応対した。農業に従事しておらずよそで働いている奥さんは関係がない。もしも家庭(home)を訪ねたのであれば、奥さんも出てきて大歓迎をしただろうと。これだけはっきりした男女間の分業が農家にもあるのである。
しかし、日本農業は欧米並みではなかった。女性は家事、育児はもちろん農業もやらなければならなかった。
これを聞いたとき私はこう思った。これは欧米とは異なる日本の自然条件、そこからくる農業労働の相違からくるものではなかろうかと。
アジアモンスーン地帯にあつて雑草が繁茂し、病害虫の発生しやすいわが国では、欧米のように耕地にフィールド(畑作=粗放農業)とガーデン(園芸作=集約農業)の差がなく、農業のすべてが、つまり稲作や麦作などの穀作農業=フィールド農業さえも、ガーデン農業=園芸的・労働集約的農業にならざるを得なかった。だから男女ともに、家族ぐるみで、農業に従事しなければならなかったのではなかろうかと(次回に続く)。
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