『食料システム』をめぐるEUと米国の対立【ワシントン発 いまアメリカでは・伊澤岳】2021年8月2日
本年9月に、ニューヨークにて国連食料システムサミットが開催される。このイベントは「持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための行動の一環として、食料システム(=食料の生産・加工・輸送・消費に関わる一連の行動)を持続可能なものに変革することが極めて重要」だとするグテーレス国連事務総長の考えに基づき開催されるものである。9月のサミットに先立ち、7月にはイタリア・ローマにてプレサミットが開催されている。
EUが掲げる野心的な戦略
EUは2020年5月に、Farm to Fork戦略(=農場から食卓まで戦略。以下「F2F戦略」)を策定した。これは2050年に温室効果ガスの排出をゼロにすることを目標として策定された「欧州グリーンディール」の中核をなす戦略であり、SDGsを達成するための欧州委員会(EC)のアジェンダの中心としても位置づけられているものである。
この戦略では、2030年までにEUの食料システムを変革するため、農薬使用規則の改正の検討、飼料添加物規制の改正の検討、より消費者の選択に資する栄養表示制度の義務化の検討等々、27項目にわたる行動計画を定めている。さらに、F2F戦略ではこれら行動計画をふまえた具体的数値目標も提示されている。以下はその抜粋であるが、いずれも2030年までに
・農薬の利用と、利用によるリスクを50%削減
・土壌肥沃度を低下させずに養分損失を最低50%削減
・堆肥を含む肥料の使用量を最低20%削減
・畜産や養殖に使用される抗生物質の販売を50%削減
・全農地の25%を有機農業に転換
するとし、これらの取り組みを達成するため、共通農業政策(CAP)等を通じて政策支援を行うことしている。
戦略で掲げられた目標はいずれも野心的なものであり、これはSDGs達成に向けたEUの本気度の裏返しと捉えることができよう。
米国は懸念を示す
こうしたEUの動きに対し米国は強い懸念を示している。
F2F戦略では「Promoting the global transition」として、持続可能な食料システムへの世界的な移行を促進することが明記されている。具体的には、EUが結ぶ全ての二国間貿易協定に貿易と持続可能な開発に関する条項の整備・施行を確保する、アニマルウェルフェアや農薬・抗生剤の使用などの分野について他国との協力を強化する、関連する国際機関において国際基準の推進に努める、といった項目が記載されている。
このように、EUの政策が国際基準や貿易協定に影響を与え、米国農業の競争力量が失われることを米国は強く懸念しているのだ。パーデュー前米国農務長官はEUがF2F戦略を推し進めた場合はWTOへ提訴する可能性すら示唆していた。
2020年11月に米国農務省経済調査局(USDA/ERS)が公表したF2F戦略の影響評価に関する報告書では『仮に世界的にF2F戦略が実施された場合には、世界の農産物生産量は11%減少し価格が89%上昇、食料不足人口は1.8億人以上増加する(農業所得は17%増加)』との試算結果が示されるなど、米国の評価は極めてネガティブなものとなっている。
最近も米国農業界からは、9月の国連食料システムサミットを利用してEUがF2F戦略を推進しようとするのではないかといった懸念や、食料システムサミット事務局の主要ポジションにEU寄りの人物がいるなどといった声が聞かれている。
食料システムの変革はどうなるか
どの国・地域が今後の国際的な農業・食料政策の大きな流れを作るのかということはさておき、いずれにしても持続可能な農業の追求・確立が必要不可欠であることに変わりはない。周到に準備を進めるEU、EUの動きに懸念を示す米国、「みどりの食料システム戦略」を策定した日本を含め、世界各国の参加者が9月に国連で一堂に会することとなる。各国の思惑が交錯するなか食料システムの変革に向け充実した議論がなされ、有効な解決策が提示されることを期待したい。
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