水田面積の拡大―開田ブーム―【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第162回2021年9月9日
1960年代、前回述べたような事情から開田ブームが巻き起こり、農家は自己資金であるいは政府からの補助・融資を受けて競って原野や畑の水田化を進めた。開田可能な原野を購入して開田する農家すら現れた。
これを可能にしたのは水田造成・揚水の技術とその機械化の進展であったが、それ以上に大きかったのは米価の上昇だった。開田費用をまかなうために借金をしても十分に返済できたのである。さらに、畑作物が自由化の波にさらされて価格が低迷し、とくに1963年以降米価の畑作物価格に対する優位性が明瞭になり、これが畑の開田をさらに加速した。

岩手の中山間地域のある農協の職員の方から「この周辺では道路工事があるたびに水田が増える」という話を聞いたことがある。
工事にきた人たちが近くの農家を訪ね、労賃だけで安くやってやるから開田しないかと声をかける。それではお願いすると頼む。すると、昼休みの時間に工事のために持ってきている会社のブルドーザーや燃料をただで使って畑や原野を田んぼにしてくれる。当然開田費は安くなるので農家は得をし、道路工事の人たちも農家からもらう開田代は小遣いとなる。なお、こうして開田したところの多くは雑木林に囲まれた原野や畑だから、道路からは見えない。つまり他人はわからない。こうして役場はもちろん地域の人も知らないうちに水田ができる。
こう言うのである。この話を聞いたときは貧しいもの同士が金持ちをごまかして助け合う昔話を聞いたような感じで何ともおもしろく、思わず笑ってしまった。
これは極端な例、自己資金や借入金でため池を個人でつくり、あるいは井戸を掘り、水路をつくって、林野や畑を水田に作り変えた。
山間地帯で絶えず冷害にあい、米をつくれない畑作地帯の農家に調査でおじゃましたとき、最近畑を開田したという話を聞いた。反当たりいくらとれたかと聞いたら、さすが耐冷技術が進歩しただけある、3俵とれたと喜んでいる。気持ちはよくわかるのだが、平坦部の収量の半分以下の米をつくるなら草地にして当時不足している牛乳と肉をつくった方がいいのに、政府は何でそこまで農家を追い込むのか、悲しくなったものだった。
平坦稲作地帯は米単作地帯とも言われているが、農家のほとんどは屋敷畑をもっていた。庭の一部や屋敷裏の日当たりのよくないところを畑にして自給用の野菜をつくった。あるいは近くに丘陵などがあればそこに土地を求め、畑にして麦豆をつくった。
こうした畑、そのほとんどが60年代に開田された。畑の消えた村があちこちにみられるようになった。
日本海沿岸の砂丘地帯、そこの一部に畑があり、砂丘畑として麦や乾燥に強い野菜などが栽培されていた。言うまでもなく砂地では漏水してしまうので田んぼはつくれなかったからである。
ところがそこに田んぼが見られ、水稲がみられるようになってきた。驚いた。
山形県の庄内地方に行ったときに見せてもらい、話を聞かせてもらったのだが、砂丘畑を深く掘ってその底と周囲にビニールを張り、水漏れしないようにしてそこにもとの砂地を戻して田んぼにし、稲を植えるのだと言う。だからそれは「ビニール水田」と呼ばれているのだとのことである。
なるほど、良く考えたもの、砂丘畑が耕作放棄され、荒れて裸地になった砂丘の砂が季節風などで飛ばされ、周辺の家々に迷惑をかけるよりは田んぼにした方がずっといいかもしれない。ビニール水田、まさに農家の知恵、たいしたものだ。
しかし、それにしても、本当にこれでいいのだろうか、なぜこんな苦労までさせるのだろうか、金をかけさせるのかと。ため息が出るだけだった。
もちろんビニール水田に批判の声など出るはずはなかった。国民みんな米の増産を望んでいた、国内で自給してもらいたかった、腹いっぱい日本の米を、銀シャリが食べられるようにしてもらいたかったからである。
こうした自己開田だけでなく、国営・県営・団体営による開田も進められた。
まさに世の中開田ブームだった。その一例として岩手県の湯田ダム建設による国営開田を次回見てみたい。
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