出稼ぎの悲劇とわら焼き公害【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第169回2021年10月28日
出稼ぎは農村にさまざまな悲劇を引き起こした。会津のある村では11月中旬から3月いっぱい役に立つ男が一人もおらず、雪下ろしもできず、村は生活の場としての機能を失ったという。また青森南部のある村の人は、100人出稼ぎに行けば5人は帰ってこなくなると私に話してくれた。マンホール等危険な工事に従事するために事故死するというのである。
青森県のある集落では30戸のうち4戸が夫婦で蒸発したという。70年の減反(このことについてはまた後に述べる)を契機に主人ばかりでなく夫婦で通年出稼ぎするようになり、そのうち音信不通になったというのである。
水前寺清子が当時次のような曲を歌った(注1)。
「東京がだめなら 名古屋があるさ
名古屋がだめなら 大阪があるさ」
こうして渡り歩いているうちに蒸発ということになってしまったのだろう。
もちろん、北島三郎の歌のように故郷のおふくろなどを思い出して考える(注2)。
「淋しくて 言うんじゃないが
「帰ろかな 帰ろかな」
しかし結局はこうなってしまったのだろう。
「帰るのよそうかな」
半年以上も親が家にいない生活を毎年続けなければならないような農家の生活に絶望し、学校卒業後都会に流出した子どももかなりおり、それが後の後継者問題、担い手不足問題の一因になったことも見落としてはならないだろう。
70年頃ではなかったかと思う、晩秋の津軽に到着した。夕暮れ時、迎えにきてくれた役場の自動車に乗って田んぼのなかの道路を走った。稲刈りの終わった田んぼは数え切れないほどの小さくちろちろと燃えている赤い炎で埋め尽くされていた。稲わらが燃やされているのである。そこからうす青い煙が田んぼにたなびく。空を見上げるときれいな夕焼け空である。煙は上に立ち昇っていかない。風はない。煙は地上に停滞している。わらを焼く匂いは私は好きである。しかしこれは匂いどころではない、煙い。目が、喉がおかしくなる。
聞いてはいた。出稼ぎにいくために、出稼ぎ先の求めに応じて早くでかけるために、わらを焼くようになったと。前に述べたようにもうわらは使わなくなっている。焼いても経営には何ら差し支えない。それどころかわらの処置に困るようになった。出稼ぎに行く前に何とか処理しておかなければならない。もっとも面倒くさくないのは焼くことだ。それでみんな一斉に焼くようになったのである。
役場の職員は言う、わら焼きのスモッグで視界が不良となって交通事故が起きたり、列車の運転への支障が生じたり、子どもに喘息(ぜんそく)が発生したりしていると。まさにこれは60年代に大きな問題になっていた四日市の煙害のような公害問題と同じではないか。
これまで農業は鉱工業の引き起こす煙害等の被害者であった。ところが農業は煙害の加害者となったのである。これは後に述べるコンバインの普及でさらに深刻になった。それで後に秋田県などでは公害防止条例でわら焼きを禁止するようになるが、わらの文化の消滅と出稼ぎは農業を公害産業(もちろん鉱工業の公害とその質はまるっきり異なるが)にしてしまったのである。
出稼ぎのためにわら焼きをする農民、わらを土に返そうとはしない、もったいないとは考えなくなった農民の姿は、農民の心の荒廃(後に述べる減反問題のときにこれが騒がれたのだが)がもうすでに始まっていたことを示すものだったのだろう。
(注)
1.『東京でだめなら』、歌:水前寺清子、作詞:星野哲郎、作曲:一代のぼる、1969年。
2.『帰ろかな』、歌:北島三郎、作詞:永六輔、作曲:中村八大、1965年
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
全農 備蓄米 出荷済み16万5000t 進度率56%2025年6月16日
-
「農村破壊の政治、転換を」 新潟で「百姓一揆」デモ 雨ついて農家ら220人2025年6月16日
-
つながる!消費者と生産者 7月21日、浜松で「令和の百姓一揆」 トラクターで行進2025年6月16日
-
【人事異動】農水省(6月16日付)2025年6月16日
-
3-R循環野菜、広島県産野菜のマルシェでプレゼント 第3回ひろしまの旬を楽しむ野菜市~ベジミル測定~ JA全農ひろしま2025年6月16日
-
秋田県産青果物をPRする令和7年度「あきたフレッシュ大使」3人が決定 JA全農あきた2025年6月16日
-
JA全農ひろしまと広島大学の共同研究 田植え直後のメタンガス排出量調査を実施2025年6月16日
-
生協ひろしま×JA全農ひろしま 協働の米づくり活動、三原市高坂町で田植え2025年6月16日
-
JA職員のフードドライブ活動で(一社)フードバンクあきたに寄贈 JA全農あきた2025年6月16日
-
いちじく「博多とよみつひめ」特別価格で予約受付中 JAタウン2025年6月16日
-
日本生協連とコープ共済連がともに初の女性トップ、新井新会長と笹川新理事長を選任2025年6月16日
-
【役員人事】日本コープ共済生活協同組合連合会 新理事長に笹川博子氏(6月13日付)2025年6月16日
-
農業分野で世界初のJCMクレジット発行へ前進 ヤンマー2025年6月16日
-
(一社)日本植物防疫協会 第14回総会開く2025年6月16日
-
農業にインパクト投資を アンドパブリックと実証実験で提携 AGRIST2025年6月16日
-
鳥取・道の駅ほうじょう「2025大大大スイカフェスティバル」22日まで開催中2025年6月16日
-
食と農のサステナブルを可視化&価値化「SPS研究会」発足2025年6月16日
-
山形県鶴岡市ふるさと納税返礼品に「つや姫」(無洗米5kg)ふるさとチョイス限定で提供2025年6月16日
-
北海道乳業「ごろん半分こ 山形県産ラ・フランスとヨーグルト」 ローソンで先行発売2025年6月16日
-
小型乗用田植機「さなえ」RPQ5シリーズを新発売 井関農機2025年6月16日