【やさしい経済の話】円安ってなんだろう(下)チャンスに懸念も 浅野純次・元東洋経済新報社社長2022年7月9日
経済情勢に詳しい、元東洋経済新報社社長で石橋湛山記念財団評議員の浅野純次氏が解説する「やさしい経済の話」。前回に続いて、このところの円安をめぐって、期待されることや逆に懸念されることなどを問答形式で分かりやすく解説してもらった。
農家の主婦、里花さんと従兄でジャーナリストの大地さんの円安談義も、コーヒーブレークをはさんでさらに盛り上がりそうな気配です。
大地 コーヒーごちそうさま。円安でコーヒーも値上げ続きだね。日本のコーヒー輸入先はベトナムとブラジルが拮抗していて、近年、ベトナム産のロブスタ種の伸びが大きいんだ。
里花 へえ、知らなかったわ。スーパーの棚ではあまり見かけないように思うけど。
大地 ベトナム産は安さが売り物なので、コンビニのコーヒーコーナーではよく使われているよ。そうそう、国産コーヒーって知ってる? 小笠原諸島で作られるアラビカ種で、量はわずかだけど円安で競争力は少し増しているかもしれない。とにかく円安で輸入品の値上がりの話ばかりだからね。値上げラッシュはこれから本番だろう。
里花 「便乗値上げじゃない?」って思うものもあるわ。
大地 輸入契約や通貨しだいでは円安の影響はさまざまだからね。農業でも、ビニールシートなどの農業資材や肥料、農薬、飼料など、じわじわ効いてきそうだ。でも、円安はチャンスという面もあると思うよ。
里花 そんないい話があるかしら。
大地 輸入品の値上がりで国産品の競争力は高まるわけだからね。ぼくは納豆を毎朝、食べてるけど、店頭には老舗っぽい感じの納豆が結構あって、でもよく見ると国産大豆じゃないんだね。で、「おいしくて安全な納豆」を強調する良い機会じゃないかと思ってるんだ。
里花 豆腐や醤油もそうね。円安は食料自給率を考えるいい機会ってわけ?
大地 いいね! それに食物シフトもあるよ。コメをパンだとか菓子に使うのが話題になっているけど、似たようなアイデアはいろいろありそうだし。農家ができることは限られていても、消費者としてそういう関心をもつことは大事だね。
それに、円安を利用して輸出を増やすのも大事だ。日本の農産物は品質の良さで知られているから、円安を生かして現地価格を引き下げれば、輸出を増やすチャンスだと思うよ。
里花 果物など特にそうね。
大地 農産物の加工品だって輸出の可能性は大きくなるはずなんだ。加工にかかる人件費が円安で割安になっているわけだから。このことは案外、気がついていないことかもしれない。
里花 円安になるということはメイド・イン・ジャパンの価格が外国から見てすべて安くなっているということかしら。
大地 いや、そうなんだよ。デフレと円安のせいで外国からの旅行者が、日本の宿も食べ物も土産物も、どれも安い安いと言って喜ぶわけさ。でも考えてみると、日本のものやサービスを必要以上に安く提供することは国益という点では大問題だね。
それはともかく、農業で問題なのは海外からの技能労働者など農業で働く人たちにも円安は大きな問題になっているよ。
里花 農業で賃金を得ようとしてやってくる外国人労働者にとっては、円安はエーと、どうなるのかな?
大地 旅行者が円安を喜ぶのは彼らがドルかユーロかウオンを持ってきて使うから、安い円を堪能できるわけ。でも外国人労働者は日本で稼いだ円を使うので円安のうまみは何もない。
それどころか苦しい中から月々4万円貯めてタイの両親に送金している人がいたとして、今まで1万3000バーツ送れたのが、2割円安になると1万バーツしか送れなくなる。これは大問題だよね。日本へ来たいという気持ちは大きくそがれてしまうだろう。円安が続けば円の魅力が薄れて海外からの農業労働者は減っていくと思うよ。
里花 円と米ドルじゃなくて、円とアジアの国々の通貨との関係が問題になるわけね。
大地 そのとおり。円安が続くとドルでの支払いを要求されるようになるかもしれない(笑)。それはともかく、円安問題はつまるところ円の価値の問題なんだ。前に物価というか円の購買力の話が出たけれど、円高は円の価値つまり購買力が高まり、円安はその反対ということになる。その話をもう少ししようか。
里花 少し難しそうね。
大地 ふふ。易しく話せるといいんだけど。物価が安いということは貨幣の価値が高いということなのはわかるよね。逆にインフレで物価が上がれば、貨幣の価値は下落しているわけだからね。よくインフレ国で紙幣が紙切れ同然というだろう?
ということは、今の日本のようにデフレが続いて物価がちっとも上がらない状態の国の通貨の価値は高いと考えるのが正しいんだ。逆にインフレの国の通貨は価値が下がっている。だとすると、長期的には円は世界の通貨に比べて高くなってもいいということになる。円独歩高とまでは言わないけれどね。
里花 でも円が安いのは...。
大地 そこが問題なんだね。短期的には為替レートは各国間の金利差で決まる。金利が高いか、今後の金利が高くなると予想される国の通貨が買われて高くなることが多い。今の米ドル高がまさにそれだね。
里花 為替というのは、短期的と中長期的とで理屈は逆というのが普通なの?
大地 ま、そう言ってもいいかもしれない。中期的というあたりが曲者だけど。これからの為替相場も、つい先日の円安一色のときは、200円が近いなどと言う人もいたけど、今は少し落ち着いてきたね。中期的には理屈のうえでは円高もありうるということさ。
里花 要するに通貨の買い手と売り手の関係ね。
大地 この生徒さんは鋭いね。
里花 誉め殺ししないで(笑)。
大地 通貨の買い手というのは、貿易や投資などで通貨が必要な人のことだ。ただ短期的には投機目的の需要もあるから、これは予測は難しい。オーバーシュート(相場の行きすぎ)は思惑で起きることが多いんだ。
それとは別に、国を超えた資金の移動が起きる時には、為替は大変動しかねない。例えば円なら円が信認を失い資本が海外逃避するのをキャピタルフライトといって、当然そのときは円は安くなる。円の信認が失われるのは財政破綻とか日銀の資産劣化で高インフレが起こったときだ。これこそ円大暴落だけど、杞憂で終わればいいね。
それから2000兆円もある日本の個人金融資産の半分強を占める預貯金だけど、その一部でも海外の貯蓄か投資に向かったらやはり円は安くなる。ドル札のタンス預金なんてちょっと想像しにくいところだけど、可能性ゼロではない。話が円暴落でおしまいというのはちょっと縁起でもないけれど、またいつか、続きをしようかね。そろそろ戻ることにしよう。
里花 暑いから気をつけてね。
浅野純次氏のやさしい経済の話は、随時、掲載します。
あさの じゅんじ 東洋経済新報社で「会社四季報」「週刊東洋経済」各編集長、論説委員などを歴任し1995年社長、2001年会長。経済倶楽部理事長を経て、現在、出版企業年金基金、全国出版協会各理事長、石橋湛山記念財団評議員などを務める。
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