平和的国防産業の時給は10円【小松泰信・地方の眼力】2023年7月19日
戦はすべて非人道的。ゆえに、戦すべからず。

「食料の兵器化」への怒り
毎日新聞(7月19日付)は1面で、ロシアがウクライナ産の穀物輸出に関する合意の履行停止を表明したことを受け、国連のグテレス事務総長が17日、「ロシアの決定はあらゆる地で困窮している人びとに打撃を与える。解決の道筋を見いだすことに専念する」と述べ、仲介を続ける意向を強調するとともに、世界有数の穀倉地帯を持つウクライナからの輸出は「世界の食糧安全保障の生命線」だと訴えたことを報じている。
一方、ロシアは、合意を結んだ際に国連との間で覚書を交わしたロシア産の肥料や食料の輸出が、欧米の経済制裁で滞っていると主張し、ペスコフ大統領報道官が同日、延長に反対すると表明したことも報じている。
さらに同紙は2面で、次のようなロシアに対する非難の声を伝えている。
「穀物合意は、世界で最も脆弱(ぜいじゃく)な人々にとってのライフラインだった」(ドイツのベーアボック外相)。
履行停止はロシアによる「もう一つの残酷な行為」(米国のトーマスグリーンフィールド国連大使)。
ロシアは「食料の兵器化」を続けている(ブリンケン米国務長官)。
避けられぬ影響の長期化
7月19日の新聞各紙の社説は、一斉にロシアの姿勢を厳しく非難している。
「途上国の食料危機を深め、飢餓に苦しむ人々を人質に取るような所業である」で始まるのは東京新聞。
「今年2月、国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)など5つの国際機関は共同声明を発表、79カ国で約3億4900万人が飢餓にさらされ、食料危機は一層深刻化すると警告した」ことを紹介し、「ウクライナは世界第5位の小麦輸出国だ。エジプトはじめ中東・アフリカ地域ではウクライナ産小麦への依存度が高い。ロシアの合意離脱の影響が懸念される」ことから、「ロシアは食料を武器にしていると非難されても仕方がない」とする。
そして、「世界の平和と安定に大きな責任を有する国連安全保障理事会の常任理事国が、自ら危機をあおり国際社会を脅かす。あきれた振る舞いだ」と怒りを隠さない。
そして、安全輸送の合意枠組みで輸出されたウクライナの穀物約3300万トンの約4分の1に相当する約800万トンが中国に輸出されることから、「プーチン政権は合意離脱について、最大の受益者である中国の理解を得ているのだろうか。頼みとする中国との関係が悪化すれば、ロシアの孤立はさらに深まる」と指摘する。極めて興味深い。
信濃毎日新聞は、「世界食糧計画(WFP)によると、紛争や自然災害で深刻な食料不足に陥った『急性飢餓人口』は2022年、2億5800万人に上り、過去最多だった。WFPは食料援助用の小麦の半数超をウクライナから調達している。4者合意が更新されなければ、ソマリアやエチオピアといったアフリカ東部での活動に大きく影響するという。食料危機の再燃は避けなければならない」と訴える。
朝日新聞は、「当初120日間とされた期間は3回延長されたが、ロシアは一時的に履行を停止したり延長期間を短縮したりと、揺さぶりをかけてきた。意図的に検査を遅らせて輸出を妨害しているとも指摘された」ことから、「そもそもロシアがこれまで誠実に協定を履行してきたかも疑わしい」とする。そのような状況下で、「行き場を失ったウクライナ産穀物が陸路で流入したポーランドやハンガリーなどでは、農家の反発で一時的な輸入禁止に踏み切る騒ぎも起きた。ロシアはこうした欧州の混乱も自国を利すると考えているのだろう」と指弾する。
さらに、先月アフリカ7カ国の首脳らが訪ロし、プーチン大統領に経済的窮状を訴えて戦争終結を求めた際に、プーチン氏が「食料危機はウクライナでの軍事作戦とは関係ない(中略)、ウクライナからの穀物供給が実現しても問題は解決しないと強弁した」ことを紹介し、「途上国の懸念に耳を塞ぐ姿勢を続ければ、ロシアは国際的な孤立を深めるだけだ」と警告する
そして、「1年半近く続く戦争で、ウクライナの農地は荒廃が進む。小麦の生産量は昨年に続き今年も激減する見通しだ。地雷原になったり、ダム破壊で洪水被害を受けたりした農地もあり、影響の長期化は避けられない」と警鐘を鳴らす。
この指摘は、わが国における農業のあり方への警鐘としても捉えなければならない。
新潟日報は、「日本の小麦輸入は米国やカナダ産が主体で、直ちに供給に支障が出る状況にはない」という、のんびりとした農林水産省の見解を紹介したうえで、「とはいえ、価格面の影響などが懸念され、注視が必要だ」と真っ当な指摘。
「亡国の農政」を「望国の農政」に
ロシアの姿勢を擁護する気はない。しかし「兵糧攻め」は古くから存在する兵法のひとつ。無関係な人びとへの「兵糧攻め」を認めるわけではないが、勝利のためには、いや敗北しないためには手段を選ばないのが戦争のはず。
だからこそ、平時から、自国民の食料を安易に他国に依存せず、自国で生産することに注力しておかねばならない。
食料自給率38%という、国民の基礎代謝すら自給できないこの国において、いかに自給体制を構築するかは喫緊の課題である。悲しいかな、政治家の多くはそのようには思っていなかったようだ。
『食と農の危機打開にむけて~新農業基本法に対する農民連の提言~』は、「亡国の農政」を「望国の農政」に変えんがために農民運動全国連合会(農民連)が今年6月に世に問うた提言書である。
詳細はご一読いただくとして、恥ずかしながらいちばん衝撃を受けたのは、同書の3頁で農林水産省の「営農類型別農業経営統計」に基づき、2021年度の稲作経営の1戸あたり農業所得(=農業粗収益-農業経営費)が1万円、これを自家農業労働時間1005時間で除して算出される時間当たり農業所得がなんと10円であることを知ったことである。
信じられずに自ら確認したが間違いなし。全国平均であるから、もちろんそれ以上のところもある。しかし、よくて時給1300円程度。当然マイナスのところも少なくない。そして、他作目も同じ状況にあることを知り言葉を失った。
先日、米どころ新潟県のJA非常勤役員を対象とした研修会でこの数字を紹介した。参加者みな唖然としておられた。
会場周辺の、芸術的なみどりの絨毯が脳裏に浮かび、落涙を必死にこらえながらの講演だった。
農業は食料を生産するとともに多面的機能を創出する、国民にとっても国土にとっても代替えの利かない貴重な営みであり産業。この平和的国防産業を時給10円で賄うとは、とんでもない国。農業に携わる人びとは、怒ることを忘れてはならない。
「地方の眼力」なめんなよ
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